

「デパートやショッピングセンターなどの商業施設であちこちの売り場から流れる音声に戸惑う」、「美術館で隣の作品の音声説明が聞こえてきて鑑賞に集中出来ない」、といった環境に悩まされた経験はないだろうか。
そんなストレスを解消出来るスピーカーシステムを、立命館大学の西浦敬信教授(音響工学)らの研究グループが開発した。このスピーカーシステムは手のひらサイズの空間でのみ、音を生じさせることが出来るというものだ。音声を人には聞こえない超音波に変換して複数のスピーカーから流し、それらが重なり合う空間でのみ再現するという仕組みで、世界初だという。この仕組みにより、特定の人物にピンポイントで音を届けられるため、美術館の作品説明用スピーカーや街頭広告、スポーツ試合での作戦指示など様々な分野への応用が期待される。
音は、空気を振動する波となって伝わるが、振動が細かい超音波は、人の耳では聞き取れない。しかし、「キャリア波」と「側帯波」という異なる超音波同士が交わる空間では、音声を再現出来る。この性質を利用した従来の超音波スピーカーは、一つのスピーカーから「キャリア波」と「側帯波」の両方の波を流す仕組みであったため、直線方向にしか音を届けられず、壁などに反射してうまく聞こえないなどの課題があった。西浦教授らは、真っすぐに進む超音波の特性を生かし、それぞれの波を別々のスピーカーから流して交差させることで、10センチ四方の空間(極小領域)でのみ音声を再現することに成功した。
実用化すれば、勉強に集中している子どもの横で、ヘッドホンを使わずにテレビを見る、介護や医療の現場で、他人に聞かれたくない個人情報を特定の人に伝える、などが容易に出来るようになる。
1、2年後の実用化を目指しており、既に複数の企業からスピーカーシステムについての問い合わせが来ているという。西浦教授は「スピーカーの大きさを変えることで、音を再現する範囲を調節することも出来る。今後は出来るだけ雑音をなくし、よりクリアな音質で聞こえるようにしたい」と話している。
どこにいても同じ音声を聞くことが出来る全方位スピーカーとは対照的に、特定の人にだけ情報を伝えられるスピーカーシステム。今後は、スピーカーに工夫をこらし、音を再現できる領域の大きさを自動制御して1人から複数人に音を届ける仕組みや、何もない空間のある1点から音が聞こえてくるといった3D音像ホログラムの開発に取り組んでいくという。音声が場面や個人の状況によってカスタマイズ出来る日が近づいているようだ。映像と音とがホログラムとして再現され、映画『スター・ウォーズ』でレイア姫が登場するあの場面のようなSF世界の技術の実現を期待せずにはいられない。