著者は、バンド「ノーナ・リーヴス」のシンガーだが、国内外のポップ・ミュージックを専門とする研究家の顔も持っている。そんな彼があるとき「ワム!の<ラスト・クリスマス>をゴーストライターとして作曲したという日本人がいる」という、にわかには信じがたい噂を耳にする。あの世界的名曲をワム!が作っていないかも知れないという意味でも、海外に通用する有能な日本人メロディ・メイカーがいたという意味でも、この噂には無視できない魅力=魔力があった。
 そこからはじまる膨大な資料の読み込みと、自らの足を使った地道な取材は、執拗かつ情熱的。ゴーストライター「ナルショー」の正体を突き止めてゆくプロセスは、虚実の間を行ったり来たり。最後までスリリングである。
 しかしこの「ノンフィクション風小説」は、ただエンタメ性が高いのではなく、奥底には80年代の音楽シーンの光と影をしっかり見極めようとする著者の誠実さが息づいている。謎解きの面白さと音楽史を学ぶ喜びがミックスされた本書には、他に類を見ない新しい手触りがある。

週刊朝日 2014年8月1日号

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