「オレオレ詐欺の帝王」と呼ばれた男がいる。有名私大を卒業して、大手広告会社に入社。30代後半で弁舌は軽やか。暴力団に籍を置いたことも、詐欺での逮捕歴もない。警察と暴力団の間を泳ぎ、詐欺グループを形成。収入は最低でも月数億円に達した。
 インターネット上では架空の存在と見なされていたが、組織犯罪に精通した著者が初めて接触に成功。頂点に立った人間に迫ることで、現代の特殊詐欺の全貌を明らかにする。
 驚かされるのが、組織内での詐欺の種類の多さだ。イラク通貨を使った詐欺など彼のひらめきに端を発したものもあれば、オレオレ詐欺のように末端が上納金を効率よく生み出すために苦肉の策で考えだし、全体に波及した詐欺もある。共通するのは、警察が対策に乗り出した頃には次の一手を模索する彼のしたたかさだ。
 ただ、切れすぎる頭脳は安息を与えない。巨万の富を敵対する組織から狙われ、警察の捜査におびえる。「帝王」は詐欺から手を引いたが、我々を欺く新たな手法が今も生成されている。

週刊朝日 2014年8月1日号