時事問題に関するテレビ解説では、いまや誰もが第一人者と認める池上彰。池上はマスメディアで活躍する一方、2012年春から東京工業大学リベラルアーツセンター教授として教鞭をとっている。
 リベラルアーツは、日本語では「教養」と訳される。かつて大学生がまだエリートだった時代には当然のように求められた教養も、進学率の上昇とともに「すぐには役に立たないもの」として軽視され、1991年にはじまった教養課程の改組によって必修ではなくなった。その後、学生はいきなり専門課程を学ぶようになり、「すぐに役に立つ知識」の修得に励んできた。
 しかし、大学教育の大変革から20余年が過ぎた現在、教養が見直されているらしい。今なぜ教養が注目されているのか、池上自身はこう分析する。
<それは、教養なき実学、教養なき合理主義、教養なきビジネスが、何も新しいものを生み出さないことに、日本人自身が気づいたからかもしれません>
 池上説によれば、既存のルールに則って合理的に格安のモノを作ったり、サービスを提供したりするのに長けた日本企業がこの20余年の環境変化に対応できず、新たな市場を創造できなかったのは、教養がなかったから。
 教養を身につける──さまざまな分野の知の体系を学ぶ──ことで、世界を知り、自然を知り、人を知れば、世の理が見えてくる。そうなってこそ、創造性に富んだ新たな何かを生みだせる。この考えに基づき、池上とともにリベラルアーツを担当する教授陣も登場し、それぞれの視点から教養の重要性を語っている。中でも、哲学者でありながら対立する社会的意見の合意形成を実践してきた桑子敏雄の話は、哲学の実用性を具体的に紹介していて面白い。
<教養とは、つまるところ「人を知る」ということです>
 学生よりも教育関係者にぜひ読んでほしい一冊。

週刊朝日 2014年7月11日号

▼▼▼AERA最新号はこちら▼▼▼