現代のベルリンにヒトラーが復活した! ティムール・ヴェルメシュ『帰ってきたヒトラー』(森内薫訳)はドイツで130万部のベストセラーとなったエンタメ小説だ。
 よみがえった彼はさっそく道行く人々に邪魔にされる。「ちょっと、おっさん! 気をつけろよ! どこに目えつけてんだ!」。どうやら相手は<私がだれなのかわかっていなかった。ドイツ式敬礼はやっぱり行われなかったし>。それでも「私」ことヒトラーは礼儀正しく尋ねる。「総統官邸に行く最短の道を、今すぐに知りたいのだが」。「あなた、もしかして<TVトタール>のスタッフ? 人気バラエティー番組の?」。
<なにかが決定的に狂っている><人々は私のことをもはや、指導者として見ていない>。そう悟りながらも「私」ことヒトラーはめげない。なぜなら彼は凡庸といわれた無名の一上等兵からのし上がり<父なる祖国を最高の栄誉にまで導いた>記憶を背負っているからだ。
 かくして彼は、持ち前の粘り強さを発揮し、「ヒトラーのそっくりさん」としてテレビに出演。ユーチューブにアップされた動画で火がつき、みるみる人気者になっていく。
 本名を教えてと求められるたびにムカつきながらも「ヒトラー! アドルフ!」。先輩芸人に「お前は、そのヒトラーのクソ制服とわけのわからない小ネタでここまで来れたと思っているかもしれないけどな、はっきり言ってやるよ、ナチネタなんかぜんぜん新しくないんだ」と罵倒されても、「何百万人ものドイツ国民が、私を陰で……」と胸を張る。
 小説は後半、彼が新聞の1面に載り、テレビで自分の番組を持ち、複数の政党に入党を求められ、本の執筆を依頼され、政治活動の再開を期すところまで行く。
「私はずっと前からヒトラーだ。その前に、私がいったいだれだったというのか?」。こういう爆笑小説が成立するのもドイツが戦後処理をちゃんとやってきた証拠。いまの日本じゃシャレにならんでしょ。

週刊朝日 2014年3月28日号

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