『時の歩廊+3』ギル・エバンス&ザ・マンデイ・ナイト・オーケストラ
『時の歩廊+3』ギル・エバンス&ザ・マンデイ・ナイト・オーケストラ
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 ぼくが経験した1000円盤のライナーノーツというのは1600字なのだけれど、字数的にはこれで十分。しかしマニアックな情報を盛り込もうとすると、やっぱり足りない。最近の例では、ギル・エヴァンスの『時の歩廊』がそうだった。このアルバムはアナログ時代とCD時代で2種類の異なるヴァージョンがつくられていた。しかもギル自身の手によって。そこのところと、それら2種類の違いを具体的に紹介したかったのだが、字数的に無理だった。そこでこの場で基本情報と補足部分を合わせて書いておきたいと思う。

 音の魔術師と謳われ、マイルス・デイヴィスとのコラボレーションで知られるギル・エヴァンス(作・編曲、キーボード)は、常に前進・変化するミュージシャンではあったが、一方で「間断なき更新者」としての側面をもっていた。すなわちギルは楽曲・譜面を完成させることに関心を示すことなく、時間があれば書き換え、アップ・トゥ・デイトなものにすることに情熱を傾けた。ギルはたしかに寡作であり、したがって作曲や編曲に関与した楽曲数は限られている。しかしその背景には前述した「更新作業」があり、よって楽曲数は一定の枠内にとどまることを宿命づけられていた。

 1975年3・4月に吹き込まれた『時の歩廊』は、ギルにとって「特別な作品」だった。そのレコーディングの規模と歴史的な重要性は、このアルバムがギルにとっての『ビッチェズ・ブリュー』であり『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』であることを裏づけている。ニューヨーク、RCAスタジオの最も広いスペースを確保したギルは、何台ものシンセサイザーを用意し、他の楽器も一部は複数で取り揃えた。楽曲としては、トニー・ウィリアムス(ドラムス)が書いた新曲《ゼア・カムズ・ア・タイム》もあったが、基本的には過去に編曲した楽曲をリアレンジメント(再編曲)したものが占めていた。たとえば《ザ・ミーニング・オブ・ザ・ブルース》や《バザード・ヴァリエーション》(当初は未発表)といった曲は、マイルスとの共演作『マイルス・アヘッド』と『ポーギーとベス』に収録されていたヴァージョンの「更新」だった。ギル自身が書いた小曲も、同一曲ながら《メイクス・ハー・ムーヴ》と《アニタズ・ダンス》というふたつのヴァージョンに分けられ、いわば更新作業が同時に行なわれている。

 最も注目すべきは、このアルバムが、ギル自身がRCAの傍系ブルーバードからCD化される際に深く関与した唯一の作品だということだろう。つまりギルは楽曲のみならずアルバム全体に対して更新作業を行なった。しかしそれはオリジナルのフォーマットに不満があったからではなく、CD化された80年代後期の感覚と視点によって捉え直したいという創造的な希求によるものだった。その結果、ギルはオリジナルからジミ・ヘンドリックス作《リトル・ウィング》及び《アフターマス・ザ・フォース・ムーヴメント~チルドレン・オブ・ザ・ファイア》を外し(前者はのち『プレイズ・ジミ・ヘンドリックス』に収録。ただしこの作業にギルは関わっていない)、さらに約6分だった《ザ・ミーニング・オブ・ザ・ブルース》を約20分のロング・ヴァージョンに差し替えた。そして《ジョイ・スプリング》《ソー・ロング》《バザード・ヴァリエーション》が(ボーナス・トラックとしてではなく)新たなアルバムの構成要素として加えられた。同時に曲順も大きく変わった。つまりギルは2種類の『時の歩廊』を世に送り出したことになる。

 今回の最新版は、あくまでもオリジナル・フォーマットを順守した上で前述の3曲がボーナス・トラックとして追加されている。これが理想的なかたちだろう。なぜならギルが最初に構成したオリジナル・フォーマットとCD化に際して更新した新しいヴァージョンの両方を聴くことができる。ちなみにギルがCD化に際して組み直した曲順は「1・3・5・8・9・10・2・7」の8曲となる。

 それにしてもこの圧倒的なサウンドの渦巻くさまはどうだろう。ギルのオーケストラがこれほど拡大し(初日はスタジオのマイクが足りなかった!)、自由な環境を与えられたスタジオ録音は、マイルスとの共演作を例外として、このアルバムが最初にして最後だった。それだけにギルのこのアルバムに対する情熱には並々ならぬものがあった。くり返せば、ギルがCD化に深く関与したことがなによりも物語っている。そしてこの音楽は、ギルがいなくなった現在もなお自動的に更新されつづけている。音の魔術師がかけた魔法は永遠に解けそうにない。[次回4/14(月)更新予定]

【以下は2種類の『時の歩廊』の内容】

●オリジナルLPヴァージョン(初期のCDはこのヴァージョン)

Side A
1.King Porter Stomp (3:48)
2.There Comes A Time (16:10)
3.Makes Her Move (1:25)

Side B
1.Little Wing (5:03)
2.The Meaning Of The Blues (5:51)
3.Aftermath The Fourth Movement Children Of The Fire (5:45)
4.Anita’s Dance (2:53)

●CDブルーバード・ヴァージョン

1.King Porter Stomp (3:52)
2.Makes Her Move (1:42)
3.The Meaning Of The Blues (20:01)
4.Joy Spring (2:19)
5.So Long (16:37)
6.Buzzard Variation (2:35)
7.There Comes A Time (14:23)
8.Anita’s Dance (2:55)