岸惠子『わりなき恋』でも、あるいは渡辺淳一『愛ふたたび』でもそうだけど、高齢になっても恋愛をし続ける(なぜそうしたがるのかはわからぬが)ための条件は「ナルシストであること」、これに尽きる。
 瀬戸内寂聴『爛』の語り手、「わたし」こと上原眸は83歳の人形作家である。その彼女のもとに、年来の彼女の信奉者ともいうべき大江茜の訃報が届く。享年79。<80の老婆になるまでは生きていたくない>が口癖で<あたくしの美意識ですわ>とかねがね語っていた茜の死。眸は悟る。<茜は自殺したのだ>
 こうして話は茜と出会った40数年前に遡り、手記や手紙をまじえつつ二人の恋愛遍歴を綴っていく。
 茜は16歳までペルーですごし、若くして結婚するも二人の娘を夫のもとに置いて離婚した。その後、京都の資産家に雇われ、大原の別荘で16歳の息子「淳ちゃん」の家庭教師を務めるが、ある日<淳ちゃんにいきなり押し倒され、乳房を吸われてしまいました>。茜は解雇された。やがて<淳ちゃんが琵琶湖に沈んだという報せ>が届く。<淳ちゃんはこのわたくしが殺したのです>
 一方、眸も年下の男との恋愛が原因で離婚した過去があったが、丹精した人形を火事ですべて失い、絶望の果てに死地を求めて出た旅先のペルーで運命の人、高峯と出会う。高峯はカメラマンだった。二人はたちまち恋に落ちるが、彼はチチカカ湖での撮影中に舟から転落。<高峯は、わたしの名を叫びながら水中に沈んでしまいました>。高峯は死んだ。<何という罪深い女でしょう>
 眸と茜、それぞれのファム・ファタール自慢。この後もお盛んな情事が続き、あげく茜はいうのである。<あたくしは、男を殺す女に生れついているのでしょうか、みんな、次々死んでしまって>
 唯我独尊こそが長生きの秘訣かもな。高級レディコミか、はたまたシルバー世代向きのハーレクインか。91歳になる作家の衰えない健筆ぶりと恋愛体質の発動ぶりに舌を巻く。

週刊朝日 2014年3月14日号