閉店し、シャッターが閉まる東急百貨店本店
閉店し、シャッターが閉まる東急百貨店本店

 メガネフレームの調整でたまたま立ち寄った店は、できてまもない渋谷スクランブルスクエアにあった。慣れない動線に戸惑ったと言うと、店員は「ここで働いてるのにまだ慣れません。勤務が終わるととっとと帰ります」と苦笑した。動線といえば、JR、地下鉄、私鉄が乗り入れる巨大ターミナルの複雑な乗り継ぎにいまだに不慣れという声をあちこちで耳にする。再開発は続くのだろうが、利用者の心を置き去りにしては開発も何もあったものではない。

 就職活動で、僕はラジオ局以外に東急百貨店も受けた。デパートは憧れの人気職種だった。新しい文化があり、華やかで。小学校のクラスメイトの父親がこの百貨店の取締役だったこともある。「東急なら間違いないわ」と母も言っていた。

 TFM渋谷スペイン坂スタジオがあった頃、土曜の生放送が終わって小林克也さんと舌鼓を打ったのが8階にあった銀座天一だった。天ぷらとビールで乾杯した後、スタッフはそれぞれ百貨店に併設の映画館、劇場、美術館に足を運んだ。

 東急本店跡地は新しいランドマークとして地上36階、地下4階、高さ164メートルのビルになり、高級ホテルと賃貸レジデンスができると言うが、「日々の生活に見合った、誰もが親しめる、ほどほどな施設」ではないのは確かだろう。

延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞。新刊「松本隆 言葉の教室」(マガジンハウス)が好評発売中

週刊朝日  2023年3月17日号

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