■未来へと走りつづけるレジェンド
ポール・マッカートニーは、世界的にもっとも成功を収めたミュージシャンである。にもかかわらず、彼は70歳を迎えたいまなお、世界を征服する必要があるかのように飛び回り、精力的に人々を楽しませている。新たにアルバム・リリース、コンサート・ツアー、結婚までも果たした、かつてのビートルは、文字どおり働き盛りのロック・スターに匹敵する勢いで、次の10年へと踏み出した。
2012年の世界ツアーは、“オン・ザ・ラン”というまさに打ってつけのタイトルがつけられた。だがそれは、改めて一つの疑問を呈する。つまり、「いったい何が、それほどまでにポールを駆り立てるのか?」という長年の疑問である。
本書は、マッカートニーの新しい一章を祝福するとともに、ポップ・ミュージックの歴史を塗りかえた足跡を辿り、そのすべての真相に迫る。著者ジェイムズ・カプランは、ポールをそうした鬼才にならしめたもの、すなわち、音楽に光明を見い出した少年時代、ジョン・レノンとの兄弟のような絆、モーツアルトのようにメロディーを紡ぐ才能、ライヴ・パフォーマンスへの愛着、尽きることのない活動欲といったファクターを探る。
著者はまた、ポールの恋愛と家族に対する切実な感情が世界の人々に親しまれる音楽の多くを生むきっかけとなった、注目すべき事情についてもあきらかにする。ちなみに、ジェイムズ・カプランは、フランク・シナトラの伝記『フランク:ザ・ヴォイス』を著し、賞賛を博した作家である。
かつてのバンド仲間リンゴ・スターや親しい友人ビリー・ジョエルをはじめとする関係者のさまざまなインタヴューによって妙趣を添える本書は、ポールのファブ・フォー解散における悲しみの深さをも如実に伝える。
カプランが次のように綴る。「マッカートニーは、彼の最初のバンドが解散した後、長い間、当時のことを尋ねられると、質問を遮った。その傷はまだ、癒えていなかったのだ。時が経つにつれて、彼は軟化した。それを物語るように、コンサートで演奏するビートルズ・ナンバーの数が、次第に増えていった。最近では、弁解の余地なくノスタルジックな印象を与える。つまり、彼は過去に生きるのではなく、それを大切にしている。」
タイム社の刊行による『ポール・マッカートニー:ザ・レジェンド・ロックス・オン』は、数々の写真をまじえてポールのスピリットを凝縮させた評伝である。写真の中には、ポールの弟マイクや亡き妻リンダが撮影した貴重なプライヴェート・ショットも含まれている。
■序章『ラヴ・ミー・ドゥ』より抜粋
彼は、偉才でありながら、きわめて普通の男である。歴史に名を残す天才でありながら、当たり前の感覚をもつ常識家であり、その優れた才能の源は、いまだに定かでない。
「僕にはいつも、彼と僕の二つの顔がある。ステージに立つ有名な彼と僕だ。僕は、リヴァプールで生まれた、ただのガキにすぎない。スピークの道端を駆け回り、ジャムの瓶を集めたり、森の小川をせき止めたりして遊んだ、どこにでもいるガキだ。僕はいまでも、そのガキが大人になったようなものだ」と、ポール・マッカートニーが1966年に、彼の承認を得て伝記を著したバリー・マイルズに語っている。
「ときどき立ち止まり、ポール・マッカートニーだって思うこともある。くそっ、本当に怖気づくんだよ! なにしろ、ポール・マッカートニーだからね! 名前からして、レジェンドそのものの響きだ。だけど当然、あまり考えつづけたくはない。誰でも、そういうものに縛られるからね」
にもかかわらず、彼はこう話している。「ツアーに出ると、レジェンドとして迎えられることが、本当に嬉しい。テキサスのスタジアムで6万人の観客を楽しませようとする時は、いつもの僕じゃない。日常は切り離すのさ」[次回11月11日(月)更新予定]