タイトルに「愉しむ」とあるが、愉しめなかったなあ。いや、内容が薄いとかダメとかいうのではないのです。古図と、現在の地図や写真を並べて、東京の町がどのように変貌したかをわかりやすく紹介してある。第二部が「東京お屋敷山物語」で、昔こんなお屋敷があったところで……と、「お屋敷」を中心に見ている。愉しめなかった理由は、一にも二にもその「お屋敷」にある。明治の地図の「ナントカ伯爵邸」「カントカ子爵邸」、その広さを、現代の地図と比べられることで、まざまざと見せつけられるようだ。資産家打倒!の念がむらむらと湧き上がる。
 しかし革命などなくても現在、お屋敷はバラバラに切り売りされて往時をしのぶものなどなく、金持ち(主に大名華族や実業家)はその財を失ったわけだ。それで私の恨みは雲散霧消したかといえば、切り売りされたってまだまだその土地は広く、さらにそこは一等地である。うちが一生働いたってそんなとこには住めないというこの不条理に恨みは消えない。
 当時の渋谷は「豊多摩郡渋谷町」といって「人家もまばらな郊外」だった。あの109あたりもはらっぱ。ま、それはいいとしよう。歳月ははらっぱを繁華街に変貌させる。ならば我々資産を持たぬ者も、どこかの原野に土地を買えばいずれそこが繁華街に……というような甘い気持ちを悪徳原野商法業者につけこまれ、有り金をドブに捨てるハメになるのだ!
 でも、そういう醜い心がない人で、近代日本史の好きな人、街歩きが好きな人、東京の町並みが好きな人は、この本はとても興味深く読めると思う。明治から今に至るまで、東京がたどった変化と、今も残るわずかな痕跡を愉しむためにとても便利だ。うんちくも豊富で良い。特に、山と谷。元は水が容易にひける谷にあったお屋敷がやがて見晴らしのいい山に行き、谷には庶民が住み着くという推移があったのだ。しかしその谷だって、今じゃ場所によっては超高級住宅地か……。

週刊朝日 2013年9月13日号