「フランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』をやろう」との考えから、執筆が始まった恩田陸さんの『夜の底は柔らかな幻 上・下』。連載開始からおよそ6年半をかけて完結した同作は、恩田ワールド全開の大作です。



 映画「地獄の黙示録」は、ご存知の通り、ベトナム戦争を舞台とした映画。主人公の陸軍空挺士官・ウィラード大尉が、軍上層部の命令により、元グリーンベレー隊長のカーツ大佐を暗殺するというものです。カーツは軍の命令を無視して暴走し、カンボジアのジャングル奥地に独立王国を築いていました。混乱の中、ウィラードは限界状況に陥り、次第に自分自身を失っていくのです。



 そんな「地獄の黙示録」の原作といえば、ジョセフ・コンラッドの『闇の奥』。こちらも、西洋植民地主義の暗い世界がテーマ。舞台はアフリカの奥地。タイトルの『闇の奥』は舞台に通ずるものがあり、また、人間が持つ暗黒面についても描いています。



 「地獄の黙示録」『闇の奥』がその下敷きにあるとされる、恩田さんの『夜の底は柔らかな幻 上・下』。物語の中心は女性捜査官の実邦ですが、彼女が追いかけるのは、多くのテロ事件を起こした犯罪者たち。そして、彼女は殺戮の世界を目の当たりにすることになるのです。



 日本から切り離され、犯罪者や暗殺者たちが逃げ込んだ無法地帯である「途鎖国」。特殊能力「イロ」を持つ「在色者」たちが、この途鎖国の山に先祖を弔うために入るとき、「創造と破壊」、そして「歓喜と惨劇」の幕が開けるのです。



 5回目のノミネートにも関わらず、直木賞受賞を逃した本作。「極悪人たちの狂乱の宴、壮大なダーク・ファンタジー」との紹介に違わず、一度読み始めるとぐいぐいと引き込まれる作品です。