講談社現代新書の表紙は、白地に正方形がひとつ。その正方形の色は赤色や黄色、藤色などかぎりなくある。著者が同じでも色はちがうし、ジャンルが同じでも色はバラバラ。今では色に意味はないんだろうと気にしなくなっている。が。この本にはハッとした。
 はじめて見たよ黒。いや他にもあったかもしれないが、藤田伸二が『騎手の一分』というタイトルで、さらに「競馬界の真実」というサブタイトルで講談社現代新書から出した、それが黒だ。ただの黒ではなく、暗黒、というような凄みを感じさせるではないか。競馬好きで藤田を知ってる人なら、この黒には畏怖を抱くはずだ。読んでみて、さらに藤田の恐ろしさを実感する。前回当欄で取り上げた山口香もスゲエと思ったが、藤田もスゲエ。
 ここ数年の新書で3本の指に入る面白さ。「通算1800勝を超える現役の騎手」が「いかに今の競馬がつまんないか」「いかに今勝ってる騎手の乗りっぷりがかっこよくなくておまけに危険か」を吐き捨てるように、しかしすごく面白く、かつ納得いくように語ってる。現役騎手ですよ。引退した騎手の出す内幕本だって、もっとなまぬるい内容だ。
 文体(たぶん聞き書きだが)も迫力があり、迫力ゆえの脱線もある。天皇賞でマヤノトップガンに乗ってた田原成貴のことを語っているのだが、田原は「いつもとちょっと様子が違って」いて「今から思うとあの時はもう覚醒剤をやっていたのかもしれない」とまで書いていてスゴイ。ただ、田原がトウカイテイオーで有馬記念を勝った時の涙はウソ泣きだ、と田原本人が言っていて、藤田もそれを信じてるんだけど、これはどうも私には信じられない。あの時はウソ泣きではできないみっともなさ全開だったから。
 競馬に興味が無い人にはこの本がどの程度面白いのかはわからない。あまりガツガツとした語り口ではないのだが、それだけにドスが一閃するような迫力があるのだ。

週刊朝日 2013年7月12日号