神楽坂・正蔵院の閻魔大王像
神楽坂・正蔵院の閻魔大王像
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 2022年の夏は、早い梅雨明けと共に激動の季節の様相を呈している。もう何が起きても驚かない気はしているが、それでも古い日本人たちは、平安時代に「この世の終末」に入ったと宣言した。これが「末法思想」といい、釈迦の入滅後の500年は正しい法が行われるが、その後は法も消滅する時代へ入るという考えである。つまり、今はまさにどんどん法滅の時代へ向かっているというわけだ。

○「末法思想」が誕生した背景

 この教えにより、人々は危機感や厭世感を掻き立てられ、鎌倉時代にかけて大いに新しい仏教宗派が誕生した。鎌倉新仏教と呼ばれた、浄土宗、浄土真宗、曹洞宗、臨済宗、日蓮宗、時宗などを指す。この時代に多くの新しい宗派が誕生した背景には、戦乱と飢餓に苦しむ一般の人びとが現況から逃れたいという思いがあったが、一方で旧来の仏教の腐敗や一般へ浸透しにくい信仰のあり方もあった。つまり、お金がかかり内容が分かりにくかったのである。

○次第に民衆へと広まっていった仏教

 インドで生まれた仏教は渡来した頃から、すでに中国で儒・道教などの影響を受け変化していたが、日本でますます独自の習合を繰り返してきた。もともと日本には八百万の神々がいたし(当時は名前が定まってはいなかっただろうが)、これらの神の性格や行動、あるいは民間信仰とも結びついて生活習慣や規律のひとつとなっていくのである。これが平安時代末期頃から仏教的な視点も一般に広まることとなり、いつの間にか、日本人の常識の中に自然と入り込むこととなった。

○日本人が知るえんまと地獄

 さて、7月16日は賽日(さいにち)で、えんまさまの縁日である。この日ばかりは地獄もお休みになるので、地上で働く奉公人たちもお休みをもらうことができ、実家などへ帰省した(藪入りという)。日本人の中で、「えんまさま」や「地獄」について、説明を受けなければ理解できない人は少ないだろう。それほど子どもの頃から、周りの大人たちに自然と教えられる概念である。たぶん、地上に生きる人間で実際にえんまを見たことがある人も、地獄を経験したことがある人もいないだろうが、ほとんどの人は知っているもののように語れるに違いない。

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