打球はショートとレフトの間にポトリと落ち、一塁に戻りかけていた一塁走者の柴田は、慌てて二塁へと向かう。

 打球を処理したレフト・ジョンソンがすぐさま二塁に送球したが、なんと、セカンド・近藤昭仁がトンネル。しかし、たまたま一、二塁間にいたファースト・近藤和彦がナイスフォローですばやく二塁に送球したので、柴田は二封アウトになった。

 さらに王がベンチに戻ろうとしているのに気づいた近藤昭は、ボールを持ったまま一塁ベースに駆け込み、珍しい左ゴロ併殺を成立させた。

 一方、巨人・荒川博一塁コーチは、ドタバタ劇にすっかり気を取られ、ハッと気づいたときには、王が10メートルも離れた場所にいたため、「おいおい!」と呼び返したときには、あとの祭り。

“三角ベース”の長嶋茂雄ですらやったことのないうっかりミスに、王も「落球したのはわかっていたけど、ボーッとして、ベンチに帰っちゃった。完全なボーンヘッドだね」と恥じ入るばかりだった。

 この拙攻が祟り、巨人は逆転サヨナラ負け。“人間”王の意外な一面が垣間見えた日だった。

 これまた王の勘違いを原因とする珍ハプニングが起きたのが、72年5月27日の中日戦だ。

 巨人は1回無死一、二塁の先制機に3番・王が松本幸行の初球をバントして、三塁線に転がした。ファウルになったが、ホームランバッターのまさかの送りバントに、スタンドのファンも口をあんぐりさせた。

「今あまり当たっていないから、絶好の先制機だし、川上(哲治)監督もあえてやらしたんだろう」とベンチの作戦を示唆した王だったが、牧野茂ヘッドコーチは「打者を考えてくださいよ。バントなんかさせるわけないじゃないの」とキッパリ否定した。

 真相を知った王は「オレの勘違いだった。バッティングが今ひとつなんで、どうもあれこれ考えてしまう」とバツが悪そうだったが、ファウル後の打ち直しの打席では中飛に倒れ、この回巨人は無得点。皮肉にも、送りバントが決まっていたほうが良かったという結果に終わっている。

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トイレに閉じ込められ“欠場”の危機も