芸歴32年、いま、お茶の間の記憶に残る男として、TV出演急増中の芸人・チャンス大城(本名:大城文章)さん。そんなチャンス大城さんが自らの半生を赤裸々に語り下ろした『僕の心臓は右にある』から、定時制高校に通っていたときの、愉快なクラスメートとのエピソードを、本文から抜粋、編集してお届けします。
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定時制高校には、定時制専門の先生がいます。
僕らのクラスの担任はタキ先生といって、4年間変わりませんでした。タキ先生は当時50代の半ばぐらい。元水泳選手の熱血教師でした。
定時制の先生には、どうしても勉強したいという生徒になんとか教育を授けてあげたいという熱い思いを持った人が多かったのですが、50歳を超えているコダマさんを除けば、僕のクラスにはそういう生徒はほとんどいませんでした。だから、「なんだこのクラスは。勉強したくて来てるんじゃないのか!」と怒る先生が何人もいました。
コダマさんだけは最後まで熱心で、卒業するまで教室の最前線で授業を受けるタイタニック・スタイルをやめませんでした。
「家が貧乏で勉強できなかったから、生きているうちに勉強したいんや」
と、いつも言っていました。
コダマさんは「薄毛の方」でした。身長160センチ、細身で銀縁眼鏡をかけていました。工場で何の仕事をしていたのか知りませんが、体を鍛えていて、サッカー部ではセンターフォワードをやっていました。
そうです、定時制にも部活はあるんです。ただし、高校のサッカー部のセンターフォワードが50代なんて、たぶん前代未聞のことだったと思います。
定時制高校には、部活はありましたが、プールの授業はありませんでした。みんな、プールに入りたがったのですが、高校の屋外プールには照明設備がありません。照明なしに、夜、プールに入るのは危険なのです。
しかし、元水泳選手のタキ先生が、「なんとかしてキミたちの願いを叶えてあげたい」と言って、校長先生と交渉してくれました。すると、体育館から延長コードで電源を取って照明をつけることを条件に、校長先生がプールの授業を許可してくれたのでした。