大城文章著『僕の心臓は右にある』(朝日新聞出版)※本の詳細をAmazonで見る
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「お名前、オオシロさんっていうんですね」
「はい、そうです!」

 それからお姉さんと少しずつしゃべるようになり、ある日、頃合いと見たシフト・リーダーが「2対2で合コンをしないか」と持ち掛けてくれたのです。もちろん、男の2は、僕とシフト・リーダーです。

「うーん」

 お姉さんは、ちょっと迷っているようでした。

「夏になるまで待ってもらえますか。いま、ちょっとバタバタしてるんで」

 いまになって考えれば社交辞令だったのでしょうが、それでもお姉さんは河岸を変えることなく、タバコを買いに来続けてくれました。

 ある日、いつものように夜中の3時ごろお姉さんが現れました。いつものようにハイライト差し出すと、お姉さんがこう言うのです。

「私、今日の朝4時半に、初めてテレビで歌うんです」
「ああ、ミュージシャンの方だったんですか。僕ら朝の5時まで勤務なんで、防犯モニターしか見られないんです」
「そうなんですか。じゃあまた出演する時に言いますね」
「ありがとうございます。あのー、お名前うかがってもよろしいですか」
「椎名林檎と申します」

 その後、僕はある事務所に入れてもらうことができました。でも、事務所の都合でシフトを変えまくった結果、東中野のセブン・イレブンはクビになってしまいました。

 当然、あの派手なお姉さんにハイライトを渡すこともできなくってしまったわけですが、歌手の椎名林檎さんは、僕の手の届かない、遥か遠い世界に羽ばたいて行かれました。