休日、家にいると嫌がらせ電話がかかってきた。
「『この世界で飯を食えなくしてやるからな』とか、いろいろなことを言うわけです。それから、なぜか娘の名前を知っていた。『〇〇ちゃん、元気? ふふふ』。心配になって、下校時に迎えに行った。そんな電話がじゃんじゃん続いた」
■「サタン」と呼ばれて
のちに脱会信者から話を聞くと、「僕は彼らの中では『サタン』と呼ばれていたようです。そりゃサタンが気を悪くするよと、冗談を言ったものですが」。
「仲間に嫌がらせ電話について相談すると、受話器録音装置を持って、駆けつけてくれた。それで『さあ、証拠をとっているからどんどん言え』って言ったら、無言電話に変わった。それでも1日100本以上かかってくる。仕方ないので、電話機を布団蒸しにした」
こんなこともあった。
最初はワゴン車の中にいた男たち。だが次第に家の入り口をうろつくようになった。
「あまりにもひどいので、こちらも攻勢に出ることにしました。カメラを持って出て行って、証拠を収集するからと言って、バチバチ写した。そうしたら、50メートルくらい離れた公園から見張るようになった」
ある日、その見張りを巻いてそっと横から近づき、腕をつかむと大騒ぎになった。
「男は『藤森さん、何するんだよ! 警察呼ぶぞ』って言うから『いい考えだ、一緒に行こう』と、駅前の交番に向かって歩いていった。途中、『電話させてください』って言うから、公衆電話で立ち止まったら、電話かけるふりして突然100メートル11秒ぐらいの感じで逃げていった」
87年半ばになると新聞やテレビも霊感商法追及キャンペーンを始め、大々的に報じられるようになった。
「このとき報じたメディアも統一教会から抗議を受けているはずです」と、藤森さんは言う。
秋になると、国会でも霊感商法が問題視され、旧統一教会は次第に霊感商法から手を引くようになる。
■オウム真理教と重なる手口
藤森さんによると、旧統一教会の活動は大きく、三つの時期に分かれると言う。
「60年代、70年代は宗教団体であることを隠して大学生らを勧誘して洗脳し、信者にしていった。これが原理運動で、いわば『人の収奪』です。80年代は霊感商法による『金の収奪』の時期です。それでメディアは大騒ぎをするし、警察も乗り出してきたので、彼らは90年代から『内向』の時期に入るんです。それが今に至るまでずっと続いている」