無一郎の発言をよく聞いてみると、彼はいつも「時間」を気にしている。「柱の時間と君たちの時間は全く価値が違う」「くだらない話につき合ってる暇ないんだよね」「邪魔になるからさっさと逃げてくれない?」
無一郎の頭の中は訓練と鬼との戦いのことでいっぱいだ。彼が「2カ月」という異常な早さで「柱」になるほどの実力を身につけたのは、彼が単なる天才だからではない。彼は一刻も早く強くならねばならないと、焦りつづけていた。それは一体なぜか。
■無一郎の「幸せ」とは?
以前、『鬼滅の刃』のコミックス最終巻(23巻)が発売された2020年12月4日に、朝日新聞、読売新聞など全国5紙に鬼滅キャラクターの名言が全面広告として掲載された。その時、無一郎には「僕は幸せになる為に生まれてきたんだ」というコミックス21巻収録の言葉が添えられた。
「刀鍛冶の里編」以降、無一郎の活躍は目覚ましい。しかし、同時に彼の体には無数の傷が刻まれていく。流れるおびただしい血。天才であるがゆえに、無一郎が戦う敵はいずれも強大で、そのぶんダメージも大きい。彼が戦闘で受ける傷は凄惨で、正視できないほどの場面も少なくない。ただ、コミックス最終巻には、無一郎のほほ笑む姿とともにこんな言葉が載せられた。
「幸せは長さではない 見て欲しい 私のこの幸せの深さを」
しかし、これほどの痛みをなぜ14歳の少年が負い、これほどの苦難に立ち向かわなくてはならないのか。時透無一郎は「幸せ」なのか、という疑問が、私たち読者の脳裏をよぎる。
■無一郎の悲嘆
無一郎が家族を亡くした時、彼は今よりも、もっともっと幼かった。大切な人たちを守る「力」を持っていなかった。彼の焦りはそんな後悔から生まれた。彼が子どもだったことは、彼の罪ではない。それでも、無一郎は体の傷が癒えぬままに何千回、何万回と刀を振るう。「柱」になったとはいえ、彼はまだ14歳で、肉体のピークはまだまだ先だ。それでも無一郎は己の肉体を酷使し続ける。
鬼との戦いは激化の一途をたどり、次々と出現する鬼の実力者「上弦の鬼」との死闘を予感して、無一郎の焦りはより増していく。そんな時、死んだ兄の言葉が無一郎の記憶の中によみがえった。
「どれだけ善良に生きていたって 神様も仏様も 結局守ってはくださらないから」(時透有一郎/14巻・第118話「無一郎の無」)