──実在する人物は、オリジナルとは違う感覚で描いているのでしょうか。
大奥の人たちは、ほとんど資料がないので、オリジナルで描いた部分も多かったです。ただ、史実や通説を調べるなかで、その人の行動原理がわかると、描くのがすごく楽になるんです。徳川慶喜のように性格がつかみづらい人も、こういう場面ではこうリアクションするだろうと、その人なりの行動原理を自分なりに考えて描きました。
──あらためて振り返って、好きなセリフはありますか。
和宮(かずのみや)の「何言うてはるの私はいつだって私です」が好きです。男装していた和宮が江戸城明け渡し前に開かれた宴に、女性の着物で現れたときのセリフです。天璋院に「これが真のあなた様なのでございますね」と言われて、そっけなく言い返すんです。
■和宮と家光は対照的な存在
和宮は家光と似ていますが、存在は対照的です。戦国が残る時代の家光は、平和のために血で継ぐことを強いられました。和宮も男装し、周りを偽っていたけれど、江戸入りからは自分で選んだ道なので、そこに「自分を奪われた」苦しみはないんです。着ているものが変わっても、本来の自分を取り戻した感覚はありません。『大奥』の終焉は無血開城だったこともあって、淋しいけれど、明るく時代が開かれていきます。物語の最後に「私はいつだって私」というキャラクターが登場し、「大奥がなくなり、むしろよかった」ということを感じさせてくれるセリフかなと思います。
──先生も16年間の連載が終わったときは、大草原で大の字に寝転がる気持ちだったそうですね。
10巻まで描いてもぜんぜん終わる気配がなくて、その頃は「もうどうしよう」と。読みたい話って描くのが大変で、描きたくはないんです(笑)。
将軍が代替わりするので、読者が愛してくださったキャラクターを終わらせ、新しい登場人物でまた読んでもらうために、どういう性格でどう配置するか、緊張感の大きい仕事でした。完結してよかったです。
──名作を描いてくださって、本当にありがとうございます。新しい連載も始まっていますね。
「ココハナ」(集英社)掲載の「環(たまき)と周(あまね)」というオムニバス連載です。これからも粛々と描いていきたいと思っています。
(ライター・角田奈穂子)
※週刊朝日 2023年3月10日号