そんな中で、筋肉芸人の先駆けとも言える存在がなかやまきんに君である。彼はその芸名の通り、分厚い筋肉とそれを利用した芸だけを売りにして活動を続けてきた。彼こそは筋肉芸人のパイオニアであり、トップランナーである。筋トレが一般的になった時代に、彼に注目が集まるのは当然である。

 2つ目の理由は、芸歴を重ねて彼の芸に「老舗の味わい」が出てきた、ということだ。自他ともに認める通り、きんに君は数々の筋肉芸を持っているのだが、そのほとんどは長年やり続けている定番ネタであり、彼を知っている人なら何度も目にしているものだ。

 でも、同じネタを延々と続けていると、そのうちに独特の味が出てくる。現在の彼は、最初の「面白がられる」から「だんだん飽きられる」という段階を経て、一周回って「逆に面白い」というモードに入っている感じがある。こうなれば怖いものはない。彼の芸を好む人たちは、その「大いなるマンネリ」を楽しんでいるのだ。

 きんに君は自分の売りを「筋肉」という一点に絞っているため、キャラがはっきりしていてわかりやすい。だからこそ、CMで使いやすく、重宝されるのだ。

 3つ目は、スベリ芸に磨きがかかっている、ということだ。独立後の彼のSNSでの発言や取材時のコメントなどを見ていると、今まで以上に自分がスベっていることを強調するような表現が目立つ。これは意図的なものではないかと思う。

 彼が吉本の芸人として活動していた頃は、バラエティ番組などに出演すると必ずと言っていいほどツッコミ役の芸人が共演していた。きんに君がギャグや突飛な発言で場を荒らしても、それを先輩芸人が巧みに処理して笑いに変えてくれた。

 しかし、独立後に単身で挑むPRイベントなどでは、ツッコミ役の芸人がその場にいないことも多い。その場合、きんに君のやりっぱなしのナンセンスな芸が、ツッコミ不在で空回りしてしまうおそれがある。

 それを防ぐために、現在の彼はことさらにスベっていることを強調する自虐モードに入っている。いわば、自分で自分にツッコむことで、ツッコミ不在でも伝わりやすい状態にしているのだ。この点には彼の意外とクレバーな一面がうかがえる。

 空前の筋肉ブームが訪れているこの時代に、「筋肉」という一芸に秀でたなかやまきんに君が華々しい活躍を見せているのは、偶然ではなく必然なのだ。(お笑い評論家・ラリー遠田)

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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