ウクライナ人記者のオレフ・バトゥーリンさん(提供)
ウクライナ人記者のオレフ・バトゥーリンさん(提供)

 今、ヘルソンに残っているのは年金生活者か、家族に病人がいるなどの事情を抱えている人々。「住民投票」の対象は基本的に彼らに限られています。

――彼らはどう生活しているのですか。

 ヘルソンは農業地帯なので家庭菜園で野菜などはまかなえる。しかし、冬は越せないかもしれない。物価上昇が激しくて、私の調べでは、ウクライナ西部に比べてパンの価格が3倍、シャンプーが5倍、薬は20倍する。ロシア軍はヘルソンの住民に現金1万ルーブル(約2万5千円)を配っているが、足りないだろう。しかも、ロシア軍はそれを「投票」の2週間前に停止し、「投票」開始とともに再開した。住民が外に出る理由を作り出し、「投票率」を高めようとしたのではないか。

――この「投票」結果を口実に、ロシアはヘルソンなど4州を併合する構えです。

 私たちの気持ちに変化はない。ウクライナ軍が戦って占領地域を解放する以外の道はない。それを信じています。

      ◇

 筆者は、親ロシア派の「ヘルソン州軍民行政府」のSNSの公式チャンネルを開き、バトゥーリンさんがしてくれた話と突き合せた。

 軍人の関与が確認できた。「投票」期間中の9月25日。親ロシア派の「出前投票」の画像がアップされた。「投票」場所は道路わきの屋外。親ロシア派が、学校の教壇で使うような机を運び出して地面に置く。後ろからロシア軍の軍人が見守る中、住民が机の上で投票用紙に記入する。投票の秘密は保障されず、これではロシア統合に「反対票」を入れることは不可能だろう。

「選挙管理委員会」の責任者は26日、「500余りのグループが『出前投票』を行うため、外を巡回して投票を呼び掛けた」と述べた。多くの場所で軍人も同行したとみられる。

「投票率」は発表よりはるかに低いのではないか。「選管」責任者は27日、ロシアメディア向けの記者会見で「州外に住むヘルソンの人のうち2万5千人が投票した」と述べた。州民約100万人のうち外への避難者は60万人前後。発表が本当だったとしても、州外の約4%が「投票」したにすぎない。

 本当に安全か--。ロシアメディアのヘルソンでの「住民投票」への関心は、投票の「安全」に集中した。ヘルソン州の親ロ派幹部たちはロシアの国営テレビに相次いで出演し、「危険はある。しかし、投票所の守りは万全だ」などと繰り返した。しかし、ウクライナ軍が供与を受けたHIMARS(高機動ロケット砲システム)の射程は80キロ。州都ヘルソンに届き、実際に攻撃も起きた。

 犠牲者を生みながらの「住民投票」がロシア「併合」の理由とされるのか。バトゥーリンさんは次のように述べた。

「この先のことは分からない。もしウクライナ軍が被占領地で勝てなければ、私たちを悲しい運命が待っているかもしれません」

 岡野直/1985年、朝日新聞社入社。プーシキン・ロシア語大学(モスクワ)に留学後、社会部で基地問題や自衛隊・米軍を取材。シンガポール特派員として東南アジアを担当した。2021年からフリーに。関心はロシア、観光、文学。全国通訳案内士(ロシア語)。共著に『自衛隊知られざる変容』(朝日新聞社)