『忘れる脳力』著者の岩立康男教授
『忘れる脳力』著者の岩立康男教授

 彼は脳を、スペースに限りのある「屋根裏部屋」に例えたうえで、「愚かな人間は手当たり次第にガラクタを詰め込むものだから、役に立つ知識を入れる場所がなくなるか、取り入れても他のものとごちゃまぜになって、取り出すことができなくなるのだ」とワトソンに私見を述べる。

 そしてこう続ける。

「この小さな部屋の壁は伸縮自在で、いくらでも広がると考えるのは大きな間違いだ。新しい知識を加えるということは、むかし覚えたことを忘れるということなのだよ。だから、無用の知識を採り入れて、有用な知識を追い出したりしないようにするのが非常に大事なのだ(『シャーロック・ホームズ全集1緋色の習作』より)。

 こうした考え方を作中で披露したコナン・ドイルの先見の明には、目を見張るものがある。ホームズのような考え方は、作品の生まれた時代から150年近くが経った今日、その多くが脳科学的に合理的であると証明されつつあるのだ。

 脳の容量は有限である。そして、仮にその容量をどんどん増やしていくことができたとしても、その維持には膨大なコストを要し、蓄えられた記憶どうしを適切につないでいくことは容易ではない。

 多くの知識を溜め込めば優れた判断ができるというのは間違いであり、むしろ余分な記憶・知識は適切な判断や考えの雑音となってしまうこともある。忘れることによって初めて、脳は新しい記憶を取り入れ、その人らしく「考える」ことができるようになるのだ。

 限りあるスペースに対して、脳はどのように対応しているのか。驚くべきことに、新たな記憶を獲得するために生み出される海馬の新生ニューロンが、古い記憶を積極的に消去していることが明らかとなった。記憶の獲得によって、古い記憶が消去されているのだ。忘れることができなければ、新たな記憶の獲得はできないのである。

《我々は、逃れようのない忘れに対してどのように向き合えばいいのだろうか? 『忘れる脳力』では、「忘れてはいけない記憶」を維持し、「忘れたい記憶」を忘れるためのコツを伝授している。》

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