年を取るごとに増えていく物忘れ。タレントの名前が思い出せず、読んだ本の内容もあっという間に忘れていく……。そんな自分にふがいなさを覚える人も多いはずだ。
そんな中、「加齢による物忘れは脳の進歩である」と唱えるのは、千葉大学脳神経外科学教授の岩立康男氏。著書『忘れる脳力』(朝日新書)のなかで、「物忘れの大半は、忘れても差支えのないエピソード記憶。代わりに、年を取るごとに増えていく〝別の記憶"がある」と伝えている。加齢とともに増えていくその記憶とは何なのか? 『忘れる脳力』の一部を抜粋して解説する。
実は、記憶というものはその性質によって、いくつかの種類に分類できる。記憶はまず大きく分けて、「陳述記憶」という、出来事を言葉に置き換えた形で引き出せるタイプの記憶と、「非陳述記憶」といって、言葉に置き換えることの難しい記憶の二つに分類できる。
そして、前者の陳述記憶は「エピソード記憶」と「意味記憶」に分けられる。例えば、自己紹介をするときの場面を想像してみてほしい。自分はどこで生まれ、どこで育ち、両親はどのような人で、学校はどこを卒業して、といった具合に自分の歴史を言葉で表現できる。
これは、陳述記憶の中の「エピソード記憶」と呼ばれるものである。エピソード記憶とは、経験の記憶、思い出の記憶であり、いつ、どこで、といった時間と場所の情報を伴った過去の出来事の記憶である。
ほかにも、先週の日曜日に誰とどこに行った、といった出来事や、明日の朝は何時までに学校に行く予定、といった約束まで、いわゆる〝記憶"というときに想像するものは全て含まれている。
私たちが「物忘れ」と呼ぶ場面のうち、多くの場合はこのエピソード記憶のことを指している。そして、加齢によって低下していく記憶は、このエピソード記憶が中心となることが示されている。実際に「忘れっぽくなった」という人が忘れてしまうのは、人の名前や予定、数字といった比較的単純なものばかりではないだろうか。
もう一つの「意味記憶」は、もう少し複雑だ。