商談中に衝撃だったのは、ロシア市場を担当するドイツ人男性の話だった。私が関わるメーカーの担当者だが、彼が言うには、今年一番売り上げを伸ばした国の一つが、ロシアだというのだ。ウソでしょ……と言葉を失ったが、彼が言うには、ロシアでは今セックスグッズへの関心が高まり、セックスグッズショップの数がこの1年で10倍になったという。彼の話からは、少なくとも2022年の上半期、ロシア国内では戦争をしている意識はなく、地域紛争が起きているくらいの認識のようだった。ヨーロッパとビジネスをしていた富裕層の生活は変わったが、そもそも大多数の庶民の生活は変わらず、庶民に向けたセックスグッズショップはむしろ「SNSを活用したおかげで盛りあがっている」というのが彼の分析だった。というかロシアのSNS……って何よ!  

 と……、久しぶりのヨーロッパ滞在はわずか数日間だったが、情報量の多さに言葉を失う思いで帰国した。正直、まだ情報を整理しきれないでいる。

 日本の入国は想像以上にスムーズだった。事前にダウンロードしたアプリで、ワクチンを3回接種している証明か、接種していない人は出国前72時間以内のPCR検査などでの陰性証明をアップロードすれば簡単に入国できる。現地を旅立つ前に済ませておけば、入国時にはアプリのQRコードを差し出すだけで終わりだ。驚いたのは、検疫スタッフの多くが東南アジア系の若者だったことだ。アクセントのある日本語で丁寧に対応してくれる若者たちは、いったいどのような経緯でここで働いているのだろう。水際対策を緩和するとなったら、この人たちはどこに行くのだろう。なぜ、こんなにも日本人スタッフが少ないのだろう。私の知らない「日本」が成田空港にあった。

 検疫を通り、手荷物を受け取り、税関職員のチェックを終えて出口に立つと、「おかえりなさい」という文字と一緒に大きく描かれていたのはキティちゃんと二次元のアイドルで、少し歩くとマリオがいた。日本の財産って二次元しかないのか……と現実をぶつけられるような気持ちになりながら、考える。いつ「元の世界」に戻れるのだろうとずっと思ってた。でもそうじゃなく、もう永遠に「元の世界」は戻ってこないということを、実感する。というか、もう「別の世界」を世界は生きている。未来は見えないが、「元」にはもう戻れないところまできてしまっているのかもしれない。

 この原稿を書いている10月17日、パリで物価高騰に抗議する反政府デモに14万人(主催者発表)が参加したというニュースが流れてきた。世界は動き続けている。元に戻るためではなく、新しい未来を、希望を失わず生きるために。

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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