北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表
北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

 ショッピング街に人はあふれ、マスクをつけている人は完全な少数派だ。一見、全てが平常運転に戻ったかのように見える。特に街の中心部から少し離れたメッセ会場で開催された「eroFame」に行けば、世界約25カ国から訪れた人々が活発にビジネスをしている姿に、「元の世界」があるような錯覚もしてしまう。それでも商談の合間に聞こえてくるのは、経済的な厳しさ、特にヨーロッパに暮らす人々が直面するエネルギー危機だった。

 ドイツも都市によっては8倍の光熱費になることが予想され、フランスでは10倍になるともいわれている。実際の支払いがどうなるかは不確定だが(私たちが話した時点で)、年間の光熱費が数百万になるのも大げさな話ではない現実がある。フランス人とドイツ人が商談する場に同席したときは、お互いに自国の政府の無策に怒りながら、口を揃えてイギリスのトラス首相を絶賛していた。トラス氏が首相就任後に最初にした仕事が、光熱費を固定化するというものだったからだ。日本では経済政策に失敗したといわれているトラス首相だが、「そんなことより、この冬をどう暮らすのか?!」という危機感をもつEU圏からすれば、誰よりもマトモに見えるという一面もあることに驚く。実際ドイツでは今、光熱費高騰に伴い薪の値段すらも高騰している。朝起きたら所有する山の木が伐採されていた……という事件も起きているという。

 大変だね……と顔をしかめる私に、「で、日本はどうなの?」と聞くが、考えてみればこちらも全く余裕はないのだった。だいたい、ヨーロッパにくるためにエコノミークラスですら往復30万円近くもする現実に、胃が痛くなる思いだ。激しい円安で輸入業を中心にしている企業は、かつてない苦しさを味わっている。厳しい現実などいくらだって語れる。それでも私たちは仕事をするしかないのだからね……と、新作のバイブを手にとっては、「乗り切るしかないよね、一緒に乗り切ろうね」と、暗い顔で口元だけ笑いながらセックスグッズの商談を続ける時間になった。

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もう「別の世界」を生きている