隅田英一郎 (すみた・えいいちろう)/国立研究開発法人情報通信研究機構フェロー、一般社団法人アジア太平洋機械翻訳協会会長
隅田英一郎 (すみた・えいいちろう)/国立研究開発法人情報通信研究機構フェロー、一般社団法人アジア太平洋機械翻訳協会会長

 しゃべった音声を対象とするだけではなく、複雑で長い文章を対象とする自動翻訳の利用も広がっている。

 例えば、製薬業界。現在では、複数の国で同時に治験を実施する国際共同治験が主流となってきている。そのため、大量の文書を迅速かつ適切に翻訳するニーズが高まっている。英国の製薬会社、アストラゼネカの日本拠点では、年間8000枚もの文書の翻訳が発生していた。そこで2018年、短時間及び低コストかつ良質な翻訳文を作るため、自動翻訳技術を活用する実験を行ったところ、一つの大規模な翻訳案件の翻訳から検査完了までの全体の工期が、4週間から2週間に半減した。同社の業務には現在、本格的に自動翻訳が導入されている。また、日本の製薬会社、中外製薬からも工期短縮の詳細な報告がなされた(※注1)。製薬会社の「一日でも早く患者のもとに薬を届ける」という目標に、自動翻訳が大きく貢献している。

 また、海外とのやり取りの多い商社においても、文書の自動翻訳を活用している人がいる。中堅商社で日本製品をサウジアラビアに売り込む仕事をしているある男性会社員の例を見てみよう。彼は以前勤めていた会社でも中東担当の営業で、英語の提案書や資料を作るのに徹夜することも珍しくなかったという。

「『やはり母語である日本語で考えないと論理的には書けないので、日本語でベースを書いて、そこから英訳していました。当時もグーグル翻訳を試したことがありましたが、まったく使い物にならなかった。仕方なく電子辞書を片手にコツコツ訳しているうちに、夜が明けていました』

 ところが生まれ変わったグーグル翻訳では、日本語の原文をコピペすればたちどころにかなりの精度の翻訳文が出てくる。それを読み直して、単語や文意の取り違えがある箇所や接続詞をいくつか直すだけ。徹夜することはなくなった。

 人工知能による自動翻訳によって、働き方改革ができたわけだ。

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本1冊、機械翻訳で訳してみたら…