■患者と信頼関係を築き、笑顔で納得できる死を
「人が病気になった時や亡くなる時、どう役に立てるのか。必要なのは医師の自己満足ではなく、患者さんとの信頼関係や、心と心の触れ合いです」
看護師やヘルパーらと行う「人生会議」には、患者やその家族も参加し、最期の過ごし方を話し合う。患者自身で扱えるモルヒネの機器や、離れていても体調を確認できるスマホアプリなども活用し、「一人で死にたい」という意思も尊重する。重視するのは当事者が納得することだ。それがあれば、死の淵の患者も、それを見送ったばかりの遺族も、笑顔でピースすらできるのだ。
在宅医療は報酬面でも恵まれており、さらなる需要の見込める分野だ。小笠原医師は「求められているからこそ、医師の質が重要なのです」と言い、在宅診療に参入する医師の支援・教育など、後進の指導にも尽力している。
医師を志す若者に伝えたいことを聞くと「まずはおじいちゃん、おばあちゃんのお見舞いに行ってほしいですね。花を愛でたり鳥の声に耳を傾けたりするのもいい。医師を目指す人には心を豊かに保ってほしいです」とほほ笑む。
実家を継いだ小笠原医師は現役の僧侶でもある。
「宗教とは本来、医学や科学とも何も矛盾しないものです。父からはよく『宗教を学ぼうと思わなくていい。哲学を学べ』と言われていました。その精神は医学部時代にも現在にも役に立っていると感じます。医師自身が癒やされていなければ、患者さんを癒やすことはできません。いまは私自身が好きなことをやれているので、患者さんにも笑顔になってもらえるのだと思います」 現在の小笠原医師の揺るがない死生観は、僧侶としての経験にも裏打ちされたものだろう。
「死は必ず訪れる人生の一過程。それを敗北だとすると、人生そのものが敗北になってしまいます」と語り、「開業や在宅医療は低レベルなことだと思っていた自分は、本当に愚かでした」とにんまりする小笠原医師。二つの「敗北」が、いまは笑顔に変わっている。
(鈴木絢子)
※週刊朝日ムック『医者と医学部がわかる 2023』より
小笠原文雄(おがさわら・ぶんゆう)/ 医師。1973年、名古屋大学医学部卒業。名古屋大学第二内科(循環器グループ)で勤務。1989年、小笠原内科を開院。1999年、医療法人聖徳会小笠原内科理事長に就任。2012年、厚生労働省委託事業の在宅医療連携拠点事業所を受託