ニュートリノという素粒子の実験では、日本はこの35年間ずっと世界をリードしている。岐阜県飛騨市神岡町に大型装置カミオカンデを造った小柴昌俊さん、それより一まわり大きいスーパーカミオカンデで実験した梶田隆章さんが、どちらもノーベル賞に輝いた。現在、人工的につくったニュートリノビームを茨城県東海村から神岡町に向けて飛ばす「T2K実験」(Tは東海村、2は英語のto、Kは神岡を表す)が進行中である。実験チームには現在、14カ国から500人を超す研究者が集まる。
この大所帯の代表を務めるのが、実験物理学者の市川温子さんだ。京都大学准教授を経て2020年から東北大学教授。夫は東海村にある大強度陽子加速器施設J-PARCで働く加速器の研究者、一人娘は高校3年生だ。子育ては「旦那さんががんばった」、家では「いろんなことができないダメキャラ(ダメなキャラクター)」だそうだが、仕事では新しいニュートリノ実験プロジェクトを自ら中心になって立ち上げようと奮闘中である。目指すは物理学の根本に横たわる難問の解決だ。
(聞き手・構成/科学ジャーナリスト・高橋真理子)
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――500人といえば、1学年2クラスの小学校の全校生徒数より多い。社員が500人いれば、立派な大企業です。それだけの人数を束ねていらっしゃるんですね。
代表に選ばれたのは4年前です。メンバーのうち日本人は100人ぐらいですが、装置が日本にあるので、実験代表は日本人と日本人以外が共同で務めるルールになっています。選定委員会が候補者を決めて、可否投票をメンバー全員でします。
物理学の世界ではいろいろな実験プロジェクトがあって、どれにどのくらい時間を割くかは人それぞれなんですけど、私は博士号をとって以降ずっとT2K実験に集中してきました。だから、そろそろ代表かなとは思っていました。私と一緒に共同代表を務めているのはスイスにいるスペイン人物理学者です。
――代表の任務って、どういうものなんですか?
いっぱい決めなきゃならないことが出てくるんですよ。みんなの意見を聞いて、最終決断をするのが仕事ですね。それに、うまくいっていないところがあったら、どうしたらうまくいくのか考える。