ispaceでの佐藤さんの担当は、出資企業を募ったり、技術開発の協業モデルをつくったりする事業開発だ。宇宙ビジネスにかかわる法整備にアンテナを張る必要があり、佐藤さんは政府関係者へのロビイングも担う。新たな産業の土台を築き、次世代につなげていきたい。佐藤さんは、宇宙ベンチャーへの転身で「未来に貢献する権利」を手に入れた。仕事にかける時間やエネルギーは前職時代と同じだが、ビジネスのスピード感が加速した。
じつはこうした実務は、いずれもNRI時代に培ったスキルや人脈がフルに生かされている。価値観が合わなくなったと考え、異なる業界に飛び込んだ今の佐藤さんを輝かせているのは、これまで懸命に働いて築いたキャリアなのだ。
佐藤さんのように大企業での「安定」を捨て、新たな職場に飛び込むミドルシニアは増えている。リクルートキャリアの藤井薫HR統括編集長(54)は、労働市場の変化をこう解説する。
「『35歳限界説』が定説とされ、転職の扉は年齢で閉じられていると思い込んでいる人が多いのですが、現状は違います。企業は年齢ではなく、能力で人材を選ぶ時代に入っています」
リクルートエージェントの転職決定者の内訳調査で、40代以上のミドルシニアの転職は09年度を100%とした場合、18年度は4.5倍にまで急増。転職者全体をしのぐ勢いで増えている。これには複合的な要因が絡む。
一つは、労働者全体のエイジング化だ。総務省統計局の調査によると、就労者人口で44歳以下の占める割合は08年に52%だったのが、18年には47%まで減少する一方、45歳以上は08年に48%だったのが、18年には53%と逆転した。少子高齢化により、今後さらに加速する。
国内産業の中心を占めるサービス業は多様化し、現場を担うリーダー格となる人材が慢性的に不足している。出番となるのが、マネジメント能力や専門スキルを備えたミドルシニア世代というわけだ。
この層に特徴的な労働市場の傾向として、業種や職種という概念がなくなりつつあることが挙げられる。リクルートエージェントの転職決定者の内訳を見ると、「異業種かつ異職種」に転職した人は最も少ない35~44歳でも4人に1人。年齢とともに増え、60代前半だと4割を超える。
「これまでの業種や職種に縛られず、その人が本来もっているポータブルスキルを転用すると、業種や職種の壁を容易に越えられます」(藤井さん)
佐藤さんもこれに当てはまる。(編集部・渡辺豪)
※AERA 2020年2月17日号より加筆・抜粋
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