新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真 (c)朝日新聞社
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福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授 (c)朝日新聞社
福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授 (c)朝日新聞社

 メディアに現れる生物科学用語を生物学者の福岡伸一が毎回一つ取り上げ、その意味や背景を解説していきます。今回は猛威を振るう「ウイルス感染」について取り上げる。

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 中国湖北省武漢で発生した新型コロナウイルスの感染が急速に拡大している。そこで今回は、ウイルスの基本的な生物学について触れたい。

 コロナウイルスのコロナとは“王冠”の意で、電子顕微鏡で観察すると球形の殻にトゲトゲのタンパク質が突き出していることから来ている。王冠というより“金平糖”といった方がよいかもしれない。その金平糖の内部にはウイルスの遺伝子が格納されている。私たちヒトを含めて、普通の生物の遺伝子はDNA(デオキシリボ核酸)の二重らせん構造をしているのだが、このコロナウイルスの遺伝子はRNA(リボ核酸)というものでできていて、しかも二重らせん、つまり二本鎖ではなく、一本鎖でできている。コロナウイルスは、金平糖の表面にあるトゲトゲを利用して宿主の細胞に取りつき、細胞内に侵入する。これがウイルスの感染である。

 ウイルスは細胞内に侵入すると、小胞体という膜構造の内部に入り込み、そこで宿主のタンパク質合成システムをハイジャックして自己増殖を開始する。これがまた極めて巧妙な仕組みで行われる。

 まず、ウイルスのRNAからRNA合成酵素というタンパク質が作られる。この酵素は、もとのウイルスRNA(これを+鎖と呼ぶ)を鋳型にして、その鋳型と相補的なRNA(これを-鎖と呼ぶ)を合成する。ついで、この-鎖RNAを鋳型にして、+鎖RNA(ウイルス本来の遺伝子)を量産する。

 一方、ウイルスRNAには、金平糖の殻やトゲトゲにあたるタンパク質の情報も書き込まれていて、それをもとにウイルスの各部品が合成される。+鎖RNAを取り囲むようにこれらの部品が自己集合して新しいウイルスが次々と合成される。これが宿主の細胞から飛び出してくる。痰や鼻水に含まれ、その飛沫を浴びることによってウイルスは次の宿主へと乗り移って行く。これが感染の拡大である。

 一方、細胞の方も、侵入者になすすべなくハイジャックされっぱなしではない。

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福岡伸一

福岡伸一

福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。

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