東京・上野の森美術館で開催中の「ゴッホ展」が好調だ。初期から晩年までの作品を通して見えてくるのは、「孤高と狂気の天才」というイメージとは別の顔だ。キュレーターの林綾野さんとゴッホの画業と人生をたどった。
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「どうやって短期間に、こんなにも進化できたのか!? と、今回の展示で改めて思いました」
『ゴッホ 旅とレシピ』(講談社)などの著書があるキュレーターの林綾野さん(44)は言う。フィンセント・ファン・ゴッホは27歳で絵を描きはじめ、37歳で亡くなるまでの10年間に油絵だけで約800点もの作品を残している。モネが70年の画家人生で成し遂げたことをゴッホは10年でやったともいえる。
「それができた理由は、とにかく描きまくったことでしょう。やり続けることで鍛えられ、それを積み重ね、自分を進化させていったのではないでしょうか」(林さん、以下同)
そんなゴッホの足跡を年代順に追ってみよう。「疲れ果てて」は農民を描いた初期の作品だ。
「たどたどしさもありますが、これこそがゴッホの原点です」
疲れて座り込む農民の表情は大きな手に隠れている。働く人特有のごつごつとした手、その隙間からわずかに見える口もとや頬のしわなど、この男性の人生を表現しようとしている。
「ゴッホは就職したものの解雇され、27歳で人生に挫折し、絵を描き始めます。そんな彼がまず目を向けたのは、働く人々の実直さや清らかさでした」
ゴッホは一時期、父と同じ牧師を目指していた。実際に伝道師補として赴任したこともあるが、極端なやり方を教会に非難され、結局その道はかなわなかった。そこで絵を通して農民や貧しい人々へまなざしを向けた。
「ゴッホは伝道師としての想いを、絵で実践しようとしていたのだと思います」
働く人への賛歌が結実したのが「ジャガイモを食べる人々」だ。注目すべきは構図と光の表現だ。画面の中心人物を後ろ姿で影にし、周囲をランプの光で浮かび上がらせることで画面を成立させている。