だが一方で、それだけでは決して満足できない、好奇心絶えないやんちゃ坊主でもある。ヴィヴィッドに今の時代を捉える豊かな感性が、ロックやポップ・ミュージックの歴史的遺産にだけではなく、新たな音楽の萌芽へと向かわせているのだ。2人が50代に入ってから結成したSoggy Cheeriosは、いい意味での野心と情熱が静かに結実したユニットでもある。
もっとも、新しい音楽への興味や野心とは言っても、やみくもに若返ろうとするわけではなく、いたずらに新しい試みを作品や録音で試そうとするわけでもない。とりわけニュー・アルバム「III(スリー)」は、彼らの嗜好する音楽性に忠実な、優美でしなやかなメロディーとしっかりと地に足をつけた歌、ラフでヒューマンな演奏を真ん中に据えた内容になっている。
パッと聴いた限りでは、彼らのロック、ポップ・ミュージックの原初体験である1960~70年代の音楽の要素が強い印象がある。だが、現在のアメリカの若手ミュージシャンの奏でる音楽と共振したような曲、日本のロック音楽史へ今の時代からアプローチしたような曲も多い。まるで1960年代から半世紀かけて成熟していったロックやポップス、ソウルやブルーズのような大衆音楽を、ダイナミックに攪拌(かくはん)させたような1枚になっていることに気づかされる。
例えば、直枝が書いた「シャッター」は、中後期ビートルズへの思慕をはらませつつも、日本でも人気のテーム・インパラのような近年の海外のギター・ロック・バンドとのシンクロを楽しんでいるような曲。かたや、鈴木が書いた「もろはのやいば」は、先ごろ発表されたグラミー賞の複数部門にノミネートされているアメリカのボン・イヴェールと、現在はROVOやPARAといったバンドで活動する京都在住の山本精一が共存したような曲だ。
アルバムに参加するゲストも、2人と同い年の中森泰弘(ヒックスヴィル)から、新世代女性シンガー・ソングライターとして活躍する優河、最近では草彅剛のライブでバックも務めた若手随一の鍵盤奏者の谷口雄、あるいはその中間世代の平泉光司まで幅広い。なんと、かもめ児童合唱団とコラボレートした曲も収録されている。
直枝によると、「これまでは相方から与えられた歌詞を元に曲を作って歌うのがルールだったが、今回は完全分業制」だったそうだ。もちろん、そうやって作った基礎をスタジオで2人がアイデアを出し合いながら煮詰めていくスタイルだ。だが、過去2作品と比べるとその煮詰め具合が滑らかかつ自然に行われていたのだろう様子が、こなれてはいるもののどこかに薄暗い情景を残したような演奏やヴォーカルからも伝わってくる。共通する音の感触を一言でとらえるなら、甘美で情熱的なサイケデリア・ポップ、とでもいうべきだろうか。
多くの音楽に触れ、刺激を受け、様々な形で恩返しをし、それでも挑戦を怠らずに進化する2人の音楽家の60代の門出。彼らと同世代の人も、先輩世代も後輩世代も、きっとロックやポップ・ミュージックとともに生きることの醍醐味をここに感じることができることだろう。甘くも辛くもある人生そのものとして。(文/岡村詩野)
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