「母はずっと『お父さんの言うとおりにしてれば、人生間違えないのよ』と言い、私もその考えを知らずしらずのうちにインストールしていたんですね。高校も大学も私なりに行きたいところがあったんですが、父がすべて決めました。理工系の道に進みたかったんです。成績面でも問題なく合格できるだろうと高校の先生も応援してくれたのですが……結局、地元の短大で文学部に行くことになりました」
進路を親に決められる、というのは“いい子”の多くに共通する体験のひとつのようだ。
「いい子でいるっていうことは、実は楽でもあるんです」と振り返るのは、金髪のショートヘアがまぶしいユウナさん(30代前半)。高校受験の際には、やはり親が進学先を決めた。
「三者面談で、私がひと言も発しないうちに、もうどこを受けるか決まっていました。親が道を整えてくれて、すべて決めくれるのだから、それに合わせていればいい。これも愛情ゆえで、子どもには苦労せず生きてほしいという気持ちからなのだろうと、大人になってから気づきました。当時は進路なんてどうでもいいと思っていたし、自分で考えなくていいので、それはそれで楽だったんですよ。いま振り返ると、自分の意思や考えというものがまるでなかったということなんですけどね」
進学先などはさまざまな事情から、子どもが望む道に必ず進めるというわけではないだろう。けれど自分の進路を真剣に考える経験は、いずれ来る自立のときにきっと役に立つ。
作中の真実も、母親の勧めに従って高校を決めた。「決めてもらうのは、実は楽」――ユウナさんが言ったような気持ちが真実にもあったのだろうか。ぜひ本作を読んで確認してほしい。
子どものうちは、親から与えられる価値観は絶対で、ほかの家と比べる機会もそうないから疑問も芽生えにくい。今回お話を聞いた3人の女性たちは、「どこの家もそんなものだと思っていた」と口をそろえた。しかし成長するに従い、子どもの世界は広がる。親が知らないところで、自分自身の人間関係を築いていくものだ。
架は消えた婚約者を探すなかで、彼女がどのような人と出会い、何を感じてどう接してきたかを知るようになる。その息苦しさに共感する女性がきっと少なくないのも、本作が40万部を超えるロングセラーとなっている理由のひとつであることは間違いない。