※写真はイメージです。本文とは関係ありません(写真:njmucc / iStock / Getty Images Plus)
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 婚活アプリで出会った30代女性との結婚を考えている、もうすぐ40代の男性がいる。彼女に“ピンときて”はいない。が、婚活をさらにつづけたところで彼女以上の人に出会える保障はない。友人に会わせたところ、「いい子じゃないか」といわれた。ほかの人たちも彼女のことを「真面目」「素直」「健気」と形容する。なるほど、“いい子”であることは間違いなさそうだ。

【写真】彼女が「人生で一番刺さった」といった小説とは

 辻村深月著『傲慢と善良』(朝日文庫)は婚活アプリをとおして出会った、ひと組の男女の物語である。会社経営者の架(かける)は、ある出来事を機に真実(まみ)との結婚を決めた。披露宴の会場、日取りもおさえた。しかしある日突然、彼女は姿を消す。置き手紙もない。ストーカーに追われていた可能性もあるなか、架は必死に真実を探す。

 読者は架とともに、家族や元同僚から真実の話を聞き、彼女の人生をたどっていくことになる。彼女は、たしかに“いい子”だった。しかしここで疑問が浮かぶ読者は多いだろう――真実は誰にとっての“いい子”なのだろう。

 真実に自分を重ねる女性がいる。都内でひとり暮らしをしている、30代後半のミユフさんだ。

「読みながら、真実の言動に何度もイライラしました。『なんでここで黙っちゃうの!?』『本音でぶつかればいいのに!』って。でも真実は、本音を飲み込んでいるのでも隠しているのでもなく、自分の本音がわからなくなっていたんじゃないかな。私も真実と似たところがあると思います。だから、苛立ってしまうんです」

 真実が言葉を飲み込むのは、非常に重要なシーンである。そこで何かを言い返せたなら、真実と架の関係はまた違ったものになったかもしれない。でも“いい子”として育ったから、黙るしかなかった。

 そう考えるのは、ミフユさんも自分を“いい子”だと認識しているからだ。両親ともに、中学校の教諭。「先生の娘」は、大人からも子どもからも真面目であることを期待されがちだ。母は厳しい人だった。ミフユさんが母の不興を買ったとき、言葉で叱られるのはまだ序の口だった。

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怒りがさらに強くなると母は…