個室シャワー付きの1泊1千円のホテルで一夜を明かし、クォアンハイという小さな村に向かった。この村出身の技能実習生に会うためだ。山肌の濃い緑を縫うようにバイクで走っていると、運転するベトナム人通訳者がスピードを緩めた。車道沿いの建物の壁に、大きなポスターが貼ってある。

<技能実習 日本で3~5年間働いたあと、6億ドン(約280万円)~9億ドン(約420万円)を貯金できるチャンス・未経験可・学歴不問・入れ墨不可・求人多数・手数料安い>

 送り出し機関の広告だった。ベトナム人の元技能実習生を取材するなか、彼らから「3年で最低200万円は持って帰れる」とはよく聞いた。月に使うお金は3万円程度で、最低6万円は貯金する。厚生年金の脱退一時金を含めれば、200万円を超える。筆者が取材した中では、3年で最高400万円近く貯金した人もいた。こうした広告はたいてい大げさに書かれているものだが、意外に正確で驚いた。ただ、山しか見渡せないあの場所で見ると、数字に実感は持てない。それが本当であるかは、村に行けばわかるはずだ。

 民家がぽつぽつとある以外は、米とライチ畑が広がっていた。外国人がくることなどないのだろう。軒先で遊ぶ子どもたちに「こんにちは」と話しかけると、姿が見えなくなっても笑い声が聞こえた。そんな村に、ひと際目立つ家があった。3年前から大阪市内の食品加工工場で技能実習生として働くグェン・ヴァン・ルイさん(24)の家だ。偶然にも、同じく大阪で技能実習生として働いていた彼女と帰省していた。

「夜勤と残業が多く、手取りは寮費を引いても17万円くらいあります。毎月14万円は貯金をしています」

 ルイさんは誇らしげにそう話す。最低賃金水準で働く技能実習生のなかでは、たくさんもらっている一人だろう。ルイさんは日本に戻りさらに2年、技能実習生として働くという。ルイさんの姉も技能実習生として日本で働いている。農業の仕事に就く父親のタンさん(51)は嬉しい悲鳴を上げた。

「大きな家もできたし、帰ってきてほしい。今度は孫の顔が見たい」

 タンさんがライチ畑に案内してくれた。筆者が訪れた6月はちょうど収穫期で、皮が赤く熟れていた。今年は収穫量が少なく、例年より値上がりし、1キロ5万ドン(約230円)程度で取引されるという。農家としての年収は20万円程度になるという。

 舗装されていないぬかるんだ道の先に、グェン・ヴァン・クンさん(27)の家があった。奥さんと息子と暮らしている。周囲は山に囲まれ、現地で調達したモバイルWi‐Fiも通じない。クンさんは14年から3年間、日本で技能実習生として働き、帰ってきた。

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