本図教授は、こう指摘する。
「確かに、地域に貢献している人物を来賓として招き感謝を伝えることや祖父母を含めた3世代の交流などは、子どもたちにとって大切な学びの機会となります。しかし、子どもたちを取り巻く家庭状況も変わりました。場所取りのために早朝から並んだり、来賓のテント設置に駆り出されたりすることを、いまや歓迎する保護者ばかりではありません」
さらに、だ。
問題は、保護者のみならず子どもたちへ負担をかけていることだ。
本図教授によれば、特別活動は学力では測れない非認知能力を養成する場として存在する。とりわけ運動会は特別だという。
「大抵の学校は、集団行動や向上心を養う特別活動のシンボルとして運動会や卒業式を位置づけています。そのため、コロナ前の全学年が総出で行う運動会に戻したいと考える学校が多いでしょうね。子どもたちの一糸乱れぬ行進や体操が披露されれば、来賓も『美しい』と褒めますし、教育の結果だとして保護者の満足度も高い。逆に、練習不足であれば、『今年はだらけているね』と学校が言われてしまう」
一方で、本図教授は「旧世代」の運動会といった特別活動が子どもに負担をかけていることは、学校側も保護者にもあまり意識されていない、という。
運動会が開催される5~6月や9~10月の気候は、昭和や平成の時代と比べてだいぶ変わった。九州・四国地方などでは、5月は中国大陸の黄砂が偏西風に乗って数千キロの距離を飛来する季節だ。加えて、初夏や秋でも最高気温が25度以上の夏日や30度以上の真夏日となる日も珍しくない。
「運動会で美しい行進や体操を保護者や来賓に披露するために、子どもたちは炎天下で何度も繰り返し練習をさせられます。運動会が以前の合同形式に戻れば、強い日差しのもとで子どもたちは5時間近く、校庭で運動をしたり待機させられたりすることになる。運動会は子どもの成長を促す良い機会ではあります。しかし、周囲の状況が変わるなかで旧態依然としたやり方にこだわる意味はありません」(本図教授)
コロナ禍前の2018年には、校外学習に出かけた1年生の児童が熱中症で亡くなるという痛ましい事故も起きている。本図教授は、アフターコロナは、「学校の当たり前」を見直し、教職の魅力を向上させるチャンスである、と指摘する。
たとえば、来賓の挨拶は、それこそ録画してオンラインで共有することで、保護者も子どもも落ち着いた環境で聞くことができる。
「運動会が誰のために、どのような力を養う場なのか――。子どもと親に負担のかからない学校行事のあり方を再考する良い機会ではないでしょうか」(同)
(AERA dot.編集部・永井貴子)