この父親は、こう漏らす。
「子どもが保育園時代の運動会は、自分の両親と妻の両親を運動会に招待していたため、いろいろと気を使いました。しかし、コロナ禍で原則、祖父母を招待する枠がなくなり、ほんと気が楽でした。いや、お互いに仲が悪いわけではありません。でも、自宅の近くに学校がある地元の公立小学校に通わせていると、孫の行事に足を運んでくれた両親を自宅に招いて休んでもらう段階までがセットです。我が家は共働きですから、正直、体も気持ちもキツイです」
夫が家事や子どもの世話をせずに、妻に丸投げしている家庭はまだまだ多い。ふだんから、仕事に家事に子どもの世話と中学受験の勉強を見るのに精いっぱいな生活であると、ため息をつくのは、2児の母親だ。
「学校行事の日は、早朝から弁当を作らなきゃと想像するだけでも疲れがどっと押し寄せる。コロナ禍が落ち着き、子どもが学校行事を楽しめるのは、もちろん嬉しい。でも、自分の両親や義父母を運動会や入学式、卒業式に呼ぶ緊張感は、仕事の接待とあまり変わらない。アレに戻るんでしょうかね」
そもそも、学校行事としての運動会は、明治初期に海軍兵学寮で開かれたのが始まりとされ、小学校の教科に「体操」が加わったのを機に全国に広がった。
学校運営に詳しい宮城教育大学の本図愛実(ほんず・まなみ)教授によれば、現在は学習指導要領における「特別活動」の一つだ。「健康安全・体育的行事」の一環として行われている。
「コロナ禍で多くの学校行事が縮小され、異学年との交流による学びの機会も減りました。一方で、昭和のスタイルを引きずったまま何十年も続いてきた学校行事を、現代の生活様式に合わせて、合理的に整理できたというプラスの成果もあったはずです」
子どもの保護者たちが小学生であった昭和や平成の時代、運動会はある種、家族団らんの象徴でもあった。家族が場所取りをしたレジャーシートの上で祖父母も交えてお弁当を食べる、牧歌的な光景。
しかし共働き家庭の激増とともに、運動会に保護者が足を運べない家庭に配慮して、児童は教室に戻ってお弁当を食べる学校も増えた。親も子ども自身も、習い事や中学受験の勉強で疲弊する毎日。運動会や音楽会などの特別活動を、子どもの成長が確認できる場だと実感する余裕さえなくなった。
「愛情」の象徴であったお弁当を、「負担」だと感じる保護者も少なくない。