姫野カオルコ(ひめの・かおるこ)/1958年、滋賀県生まれ。90年『ひと呼んでミツコ』で単行本デビュー。2014年『昭和の犬』で直木賞を受賞。『受難』『ツ、イ、ラ、ク』『謎の毒親』など著書多数(撮影/大野洋介)
姫野カオルコ(ひめの・かおるこ)/1958年、滋賀県生まれ。90年『ひと呼んでミツコ』で単行本デビュー。2014年『昭和の犬』で直木賞を受賞。『受難』『ツ、イ、ラ、ク』『謎の毒親』など著書多数(撮影/大野洋介)
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 姫野カオルコさんの著書『彼女は頭が悪いから』は、読む人の心をざわつかせる。東大生を巡る事件から着想を得た本作が描く人間の深層心理とは──。

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 東京大学生協駒場書籍部で、2018年の文芸書ランキング1位になった本がある。姫野カオルコさんの小説『彼女は頭が悪いから』(文藝春秋)だ。

 同書は、東大生が起こした実際の強制わいせつ事件に着想を得て執筆された。

 16年、東大生ら5人が東京都豊島区のマンションで犯行に及んだ事件。被害者となった女子大生の服を脱がせキスしたほか、高温のカップラーメンを胸元に落とすなどの異常性もあり、当時世間の大きな注目を集めた。

 この本は、その強烈な事件の再現ドラマではなく、「フィクション」だ。

 作中では、ひとりの「ごく普通」な女子大生と、エリート家庭に育った東大生が偶然出会い、恋をし、強制わいせつ事件の被害者と加害者となり、さらにその後、被害者が世の中からバッシングを受けることになるさまが描かれる。

 著者の姫野さんは執筆の経緯をこう教えてくれた。

「この事件を報道で知り、学生のグループが女性に性的な嫌がらせをする事件は過去にもありましたが、『何か違う』と感じました。事件を取材した複数の記者に話を聞き、裁判の傍聴にも行きました。事件の実際というより、なぜこうしたことが起こるのかを考え続け、検証せずにはいられませんでした」

 執筆中、姫野さんは気分が重く、体調もすぐれなかった。顔色も悪く、周囲からも心配されたという。それは、誰の心にも潜む「醜いもの」を集め、丹念にあぶりだしていく作業だったからだろう。

 作中で、被害者である女子大生は裸体をさらされ、ひたすら嘲笑の的になる。そしてその理由は、裁判のなかで東大生である加害者が語る「彼女は頭が悪いから」というあまりにも理不尽な理屈だ。

 姫野さんは本作があくまで「フィクション」であることを確認しながら、こう語る。

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