

批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。
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まもなく東日本大震災から8年になる。例年この時期になると福島関係の報道が増える。今年も原発事故被害の救済や廃炉が進んでいないとの報道が出ている。ただそれは3・11を過ぎるとすぐに少なくなる。
以前も記したが、筆者の会社は定期的に、福島と同じ原発事故を起こしたチェルノブイリへのスタディーツアーを行っている。訪問先にはキエフの国立チェルノブイリ博物館が含まれる。同館は原発事故の6年後に市民有志の手で開館し、その4年後に国立となった。現在も市民教育の場として大きな役割を果たしている。
福島の事故については、残念ながらそのような動きは現れなかった。復興庁と福島県は昨年7月、双葉町と浪江町に建設される復興祈念公園の基本計画を発表した。そのなかに事故博物館の構想はない。「原子力災害の教訓・知見の継承、世界へ情報発信等を行うためのアーカイブ拠点施設」との言葉はあるが、実際になにができるのかは不明瞭である。パブリックコメントやシンポジウムの記録を見るかぎり、とくに大きな議論もなかったようだ。
福島とチェルノブイリを比べるなとのお叱りの声もあるだろう。たしかに両者は被害がちがう。しかし、ともに国際原子力事象評価尺度でレベル7に分類される大事故であることはたしかである。その事故の詳細を記録し後世に伝えることは、本来ならば世界への義務である。その点では日本はウクライナの後塵を拝している。
震災から4年目の15年、福島県出身のある若手学者が「ありがた迷惑」という言葉を編み出した。県外の人間が事故について語るのは「迷惑」だとの意味である。この言葉は幅広い支持を集めた。当時はまだ、放射能被害を強調する人々が、善意を装いつつ被災者を傷つけていたためである。
とはいえ、事故を語るならまず地元に貢献せよというその主張が、国内の言説を著しく萎縮させたこともたしかである。結果としていまや無関心が広がっている。あの事故の教訓は、本当は地元のものでも日本のものでもなく、人類全体のものなのだ。日本人はそれをあらためて思い起こす必要がある。
※AERA 2019年3月18日号