AERAで連載中の「いま観るシネマ」では、毎週、数多く公開されている映画の中から、いま観ておくべき作品の舞台裏を監督や演者に直接インタビューして紹介。「もう1本 おすすめDVD」では、あわせて観て欲しい1本をセレクトしています。
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稀代の歌姫マリア・カラスのドキュメンタリーを創り上げたトム・ヴォルフ監督(33)。5年にわたるリサーチの末、関係者の証言インタビューなどを一切使わず、本人の映像、未完の自伝、手紙をもとに、カラス本人の独白のようなスタイルで作られている。
「非常に珍しい作りだと思う。没入感があるし、親密さが出せたんじゃないかな。膨大な資料をひとつの物語にまとめるのは本当に大変な作業だったけど、やった甲斐があった」
もともとカラスファンだったわけではない。が、いまや彼女についての写真集と本を3冊出版し、パリでマリア・カラス財団を立ち上げるほどに魅了されている。
「この映画を作るために彼女の奴隷になったよ(笑)。知ることすべてが驚きだった。一番の発見は彼女のなかに、女性としての自分とアーティストとしての自分、という二重対立があったことだ」
カラスの人生は波乱の連続だった。結婚の失敗、海運王オナシスとの恋愛、裏切り──度々の公演キャンセルで「気性が激しい」とマスコミにたたかれることも多かった。
「この映画で初めて彼女の側からの言い分が明かせたと思う。本人のインタビュー映像でもわかるように、彼女は常に正直で、誠実な人だった。気性が激しいと言われてきたのは、その正直さを誤った形で受け取られてきたからだ。あまりにも正直ゆえに高い代償を払うことにもなった」
映画にはカラスのオナシスへの一途な愛も描かれる。が、オナシスはジャクリーン・ケネディと結婚。そのニュースを知ったときの、カラスの手紙や日記が痛々しい。
「なぜオナシスはジャッキーを選んだかって? 難しいね……。たぶん彼は貪欲すぎたんじゃないかな。気持ちではなく、ジャッキーの持つ権力や名声に傾いた。結婚後3週間でカラスのもとに戻ったわけだし、心は常にカラスにあったんだと僕は思う」
次の監督作は未定だが、テーマは日本かもしれない。
「10年前に富士山に登ってから、僕と日本のラブストーリーが始まったんだ。カラスとはまた別のラブストーリーだ。日本文化に完全に魅了されている。次に会うときは日本語で会話できるかもね」
◎「私は、マリア・カラス」
類いまれなる歌声と演技力で世界を魅了したオペラ歌手の人生に迫る。全国順次公開中。
■もう1本おすすめDVD 「永遠のマリア・カラス」
上記の映画はフランスの名女優ファニー・アルダンによるマリア・カラスの手紙の朗読が見事で没入感をもたらす要因となっている。「永遠のマリア・カラス」(2002年)でカラスを演じた女優だ。
1977年、日本公演を終えたカラス(ファニー・アルダン)のもとに、敏腕プロモーター(ジェレミー・アイアンズ)が訪れる。彼の説得でカラスは再起をかけて映画「カルメン」を撮ろうとするが……。
事実と監督の構想を織り交ぜたフィクションであり、ドキュメンタリーとあわせて観ると、この物語が彼女の、そして彼女を愛する人たちの「願望」であり、甘美な「夢」だったのだ、とよくわかる。現実には74年の日本公演はカラスの最後の公演だった。その後、出ない声に苦しみながら77年に53歳で亡くなるまで、再び歌うことを望んだ。
全盛期ではなく晩年のカラスを描くあたりにヨーロッパの成熟を感じる。ファニー・アルダンもカラスに似せるのではなく、完全に自分に彼女を寄せていて、かっこいい。
◎「永遠のマリア・カラス」
発売元:ギャガ
販売元:アミューズソフト
価格1905円+税/Blu-ray発売中
(ライター・中村千晶)
※AERA 2018年12月31日-2019年1月7日合併号