上流部と中流部の撮影では折り畳み式の自転車を活用した。「でも、慣れないので、お尻が痛くて」。川の最寄り駅まで電車で行き、自転車で移動しながら被写体を探した。
「秩父は遠いので始発電車で行っても現地に着くのは8時半ごろ。撮影は3時ごろには終えて帰ります。それ以上遅くなると影が長くなって、画面内がごちゃごちゃしてしますから」
思い切りレンズを絞り込んで撮影するので、シャッター速度はかなり遅くなる。手ブレを防ぐため、カメラを一脚に取り付けて撮影した。
「一脚のいいところは、三脚撮影と手持ちのスナップ撮影の中間、といった感じで撮れることです。十分に安定して撮れるし、偶然に出会った被写体にもすぐにカメラを向けられる。三脚を使うと撮るのに時間がかかるので、多分5年では撮影は終わらなかったでしょう」
■削り取られた神の山
宛さんは人のいる風景を「そのまま」といった感じで撮りたかったので、基本的に声をかけずに撮影した。
「一脚を使って撮影していたので、気づかれても、この人はちゃんと写真とやっている人だ、という感じがしたのだと思います。撮らないでほしい、と言われたのは1回しかありません」
ただ、ホームレスを撮影しようとしたときは声をかけた。
「撮ってもいいですか、と尋ねたのですが、ほとんど断られました。なので、河川敷に建てられた家だけを撮らせてもらいました」
作品には、経済や防災という視点も盛り込まれている。象徴的なのが秩父神社の神体山である武甲山。山の姿が変わるほど石灰岩が削り取られ、その手前には秩父市街が広がっている。
「武甲山は神の山ですが、人間がコンクリートをつくるために、お金のためにこんな姿になってしまった」
ほかにも、山から切り出された丸太、川で採取した砂や砂利を運ぶダンプカー、コンクリートで固められた川岸、治水のための水門。送電線や高速道路、鉄橋、工場なども写り込んでいる。そして作品は荒川河口の向こうにかすむ葛西臨海公園の大観覧車の写真で終わる。
「でも、まだ撮りたいと思っています。新型コロナで中止された花火大会と野焼きはまだ撮っていないですから。この二つが再開されたら撮りに行こうと思います」
■賞金でフィルム500本
さらに宛さんは中国・上海を流れる黄浦江(こうほこう)と、韓国・ソウルの漢江(はんがん)の撮影を計画している。
「日本、中国、韓国の川を撮れば、三つの国の政治の違いがわかってくると思います。中国は重慶の川しか行ったことがないので上海の川がどんな感じか、楽しみです」
宛さんさんは今回の作品で三木淳賞を受賞した。
「授賞式のスピーチでは、こう話そうと思っています――賞金で上海の川を撮影するためのフィルムを500本買いました」
(アサヒカメラ・米倉昭仁)
【MEMO】宛超凡写真展「河はすべて知っている──荒川」
ニコンサロン(東京・新宿) 4月11日~4月24日