稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。著書に『寂しい生活』『魂の退社』(いずれも東洋経済新報社)など。『もうレシピ本はいらない 人生を救う最強の食卓』(マガジンハウス)も刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。著書に『寂しい生活』『魂の退社』(いずれも東洋経済新報社)など。『もうレシピ本はいらない 人生を救う最強の食卓』(マガジンハウス)も刊行
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真っすぐ編み進もうとしたはずが、「目が見えない」効果で、なぜかネコの後ろ姿みたいになっている……(写真:本人提供)
真っすぐ編み進もうとしたはずが、「目が見えない」効果で、なぜかネコの後ろ姿みたいになっている……(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【写真】なぜかネコの後ろ姿みたいになっている編み物

*  *  *

 昨冬、寒さをしのぐため編み物を始めたのですが、あまりの不器用さに驚くほど編み進めぬままアッという間に冬終了。数センチ編みかけた謎の物体はほったらかしで、これはいかんと今年は秋口からレッスンを再開することにしました。全て忘れきっていたのでゼロからの再出発です。

 ただ昨年があまりに惨憺(さんたん)たる結果に終わったので、今年は「棒針」でなく「かぎ針」で編みたいと先生役の友人にお願いしました。簡単そうだし、実を言うと昔少し編んだ経験があったのでそこそこ自信もあったのです。

 というわけで時間にも腕にも余裕を持って挑んだはずだった。ところが。思いもよらぬ事態が発生。

 目が見えない!……あ、これには二重の意味がありまして、編み物とは「目」を拾わなきゃいけないんだがそれが老眼で全く見えない。つまり「目が見えないから目が見えない」……なーんてウマイこと言ってる場合じゃないよ。

 私より一回りほど若い先生は懸命に「目」の探し方を教えてくださり、ほらここに盛り上がった場所がありますよなどと懇切丁寧に解説してくださるのだが、ぜーんぜん見えない。固まっていると先生は手を替え品を替え説明を試みるのだが……イヤそういう問題じゃないんです! 見えないんです! でも若い先生にはその「どうしようもなさ」が伝わらない。そのうち自分でも驚くほどの癇癪を起こし、ふてくされて「もー嫌!」と全てを投げ出すに至る。いい年をした大人の100%大人げない行動に、先生もドン引きとなったのでした。

 で、私はハッとしたのです。これはまさに老人の癇癪(かんしゃく)ではないか。認めたくない肉体の衰え。できるはずのことができないという恐ろしい現実。そしてそれが理解されない孤独と絶望。それは自分で制御できないほど強い感情となり我が理性をなぎ倒したのでした。ああ老いるとは想像以上に大事業であります。「持たない」ことは心がけてきたがそれだけじゃダメなんだ。「できない」こと。それをどう受け入れるのか? ううむ。

AERA 2018年10月29日号

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稲垣えみ子

稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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