だが実際は、東日本大震災前から原子力安全・保安院や電力会社が津波に対する危機感を強めていたことがわかってきた。
東電は先送りしたのに、日本原電は地震本部の長期評価にもとづいて、東海第二原発の津波対策を進めていた(23回、7月27日)。保安院の担当者は、原発の津波高さ評価に余裕がないとして、電力会社の担当者と激しく議論していた(29回、10月3日)。そんな事実も刑事裁判で初めて明らかにされた。
ところが、武藤氏は、会議資料は「読んでない」、部下から送られた電子メールも「読んでない」「探してみたが見つからない」、説明を受けたかどうかは「記憶にない」。それを証言で繰り返した。
公判後の記者会見で、被害者参加代理人の海渡雄一弁護士は「武藤氏は否定のしすぎだ。動かない証拠があるところまで否定している。証言全体の信用を失い、墓穴を掘ったのではないか」と話した。
東電は、事故の損害賠償などを求める民事訴訟でも471件(うち継続中177件)の裁判を起こされた。そこで東電は「津波は予見できなかった」と主張している。刑事裁判で真相が明らかにされると、民事訴訟との整合性が取れなくなることを恐れたのかもしれない。
「被告が本当の良心にしたがって真実を述べてほしいという思いで見つめてきたが、自己保身、組織防衛という情報隠蔽体質がずっと続いていることが明らかになり、失望している」
福島原発刑事訴訟支援団長の佐藤和良・いわき市議はそうコメントした。
今月19日の武黒一郎・元副社長に続き、同30 日に勝俣恒久・元会長の被告人質問がある予定。年内に論告求刑があり、来年春までに判決と予想されている。(ジャーナリスト・添田孝史)
※AERA 2018年10月29日号