安永雄玄(やすなが・ゆうげん)/1954年、東京都生まれ。慶応義塾大学、英ケンブリッジ大学大学院博士課程修了(経営学専攻)。三和銀行(現・三菱UFJ銀行)、ラッセル・レイノルズなどを経て、2015年7月から現職(撮影/写真部・小山幸佑)
安永雄玄(やすなが・ゆうげん)/1954年、東京都生まれ。慶応義塾大学、英ケンブリッジ大学大学院博士課程修了(経営学専攻)。三和銀行(現・三菱UFJ銀行)、ラッセル・レイノルズなどを経て、2015年7月から現職(撮影/写真部・小山幸佑)
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 お寺と地域の人々との結びつきが弱くなり、伝統仏教の衰退が危惧されている。絶大なブランド力を誇る築地本願寺でもそれは例外ではない。同寺の事務方トップである宗務長・安永雄玄氏が、そうした現状にどう向き合っているのか語ってくれた。

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 悩みを持った人はお寺にはやって来ない──。そう気づいたのは、都内の小さなお寺の副住職をやっていた時です。

 大学卒業後に20年近く銀行に勤め、外資系ヘッドハンティングの会社に転身。その一方、どう生きるかという人生の課題を解決するため、僧侶養成機関で仏教を学び50歳で得度しました。やがて教団の運営にも携わるようになり、プロジェクト案を作ったら「自分でやってみろ」と言われ、2015年に築地本願寺の事務方トップ、宗務長に就任しました。

 掲げたのが「開かれたお寺」。今、伝統仏教の多くが衰退の危機にあります。原因は、仏教者側の姿勢や態度が大きいと思っています。高度経済成長期に都会に人が集中し、帰属意識を持たない「個の時代」となりました。お寺と個の結びつきも弱くなりお寺の力は弱くなりました。こうした社会構造の変化に仏教者は適応せず、地域の住民に寄り添う謙虚さを忘れたのです。築地本願寺もブランド力こそありますが、コンテンツをつくっていかなければ、衰退していくだけです。

 そこで15年にプロジェクトを立ち上げ、開かれた寺を目指しました。銀座にサロンを開設し、境内にカフェや書籍販売コーナーが入ったインフォメーションセンターを設置。昨年には境内をリニューアルし、墓へのニーズが多様化していることを受け合同墓を整備しました。今では築地本願寺を訪れる人は、1日平均約8千人と以前の倍。合同墓はすでに3千人超の申し込みがあります。

「改革」の有効性は実証されましたが、意見は賛否あります。私が打ち出した改革が単なる「営業行為」と受け止められるからでしょう。今でも「お寺はビジネスじゃない」と反対の声があります。しかし私は、経営や運営の面で、お寺も民間企業と通じるものがあると思っています。

 私が抱くお寺の最終的なイメージは、「人生のコンシェルジュになる」。CRM(顧客情報管理)のインフラを整備し、一人一人の人生に寄り添ってサポートするという、民間企業では当たり前のことを手掛けるのです。そのプラットフォームとして昨年、無料の会員組織「築地本願寺倶楽部」を発足させました。今は合同墓の申込者だけが対象ですが、来年には誰でも入会可能にします。会員になることで、遺産相続や遺言、お墓の問題など、一人一人のリクエストに応え、より充実したサービスを通して仏教そのものの宗教的な安心感を届ける。信仰心があつくなくても、安心を得たいと思うのは根源的な欲求でしょう。その思いに寄り添うお寺を目指していきたいと思っています。

(構成/編集部・野村昌二)

AERA 2018年10月15日号

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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