子どものころ運動が苦手で、クラスでの存在感も薄かった。小学校6年生のとき水泳大会では「歩き競走」に出ることにした。出場すると6年生は自分だけ。1、2年生ばかりで体格も違い、あっという間にゴールしたが、同級生はばかにしていた。ところがいざ賞品の段になると、クロールや平泳ぎの2位、3位より、歩き競走の1位のほうが輝いていた。
「これでいいんだと味をしめ、そのまま人生来ちゃったわね」
と樹木さんは笑った。
1度きりと思ったインタビューだったが、画家・熊谷守一を描いた映画「モリのいる場所」の公開後に2度目の機会に恵まれた。山崎努さん演じる守一の妻・秀子の役をチャーミングに演じた樹木さんのはからいだった。取材は是枝裕和監督のもと出演した「万引き家族」がカンヌ国際映画祭のパルムドールを受賞した直後で、「役者」「演技」について縦横無尽に語った(18年6月18日号)。
自宅の同じ部屋で、1年ぶりに対面した樹木さんは体が痩せ、顔色も優れなかった。そのころメディアへの露出も多かったので、お疲れなのかなと思った。声が少しかすれることもあったが、1年前と変わらず質問に真摯に答えてくださった。
「万引き家族」の老婆の役に入れ歯をはずして臨み、「ヌードになるより恥ずかしいことだ」と人に言われたことや、カンヌに向かう途中の飛行機で落雷にあった爆笑話。大好きな着物の話には熱がこもり、役者が「普通の日常」を暮らすことの大切さを力説した。
今年3本目となる「日日是好日」の公開も10月に控えていた。
「その話はまた今度ね」
と樹木さんは言い、ご自宅を後にした。その後、映画会社とアエラの「表紙」出演を打診する方向で話を進めていた。
しかし、樹木さんはこうも話していた。
「雑誌の表紙とか、なんでみなさん出たがるのかしら? 私は全然出たくないのよ。人に見られたくないの」
もし表紙の登場が決まったら記事の書き出しはこうしようと決めていた。
「表紙とか、困っちゃうのよね。本当は出たくないのよ」
そして尋ねてみたかった。なぜそんなに恥ずかしがりの人が俳優になり、続けてこられたのか。恥ずかしがりを時に飛び越えさせる、どんな魔力が「演じること」にはあったのか。
高校卒業後、入った文学座では恥ずかしさからできるだけ舞台の後ろのほうにいて、後ろ向きでいるのを得意にしていた。
「なんで前を向かないんだ?」
と言われたこともあると明かしていた。
「ただの成り行き。義理だけで『やります』って言っているうちにここまで来ちゃっただけよ」
と、また答えるのだろうか。
まぶたに浮かぶのは、すっきり整えられた部屋でひたすら真摯に答えてくださる姿だ。
(編集部・石田かおる)
※AERA 2018年10月1日号
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