AERAで連載中の「いま観るシネマ」では、毎週、数多く公開されている映画の中から、いま観ておくべき作品の舞台裏を監督や演者に直接インタビューして紹介。「もう1本 おすすめDVD」では、あわせて観て欲しい1本をセレクトしています。
【「いま観るシネマ」の場面写真と「もう1本 おすすめDVD」はこちら】
* * *
■いま観るシネマ
インタビューの場に現れたサミュエル・マオズ監督(56)は知的な瞳の細マッチョ。優しげだが、どこか屈強なオーラに従軍経験の重さを思った。
2009年に自らの戦争体験を基にした「レバノン」で、ベネチア国際映画祭金獅子賞(グランプリ)を受賞。続く本作で銀獅子賞(審査員グランプリ)の快挙を成し遂げた。
映画は主人公ミハエルと妻が、兵役に行った息子の訃報を受け取るシーンから始まる。やがて誤報だったとわかるが、激高するミハエルは息子を呼び戻せと要求し、そのことが運命の皮肉を呼び寄せる。ストーリーは監督の長女があわやテロの犠牲に?という経験から生まれたという。
「娘が無事に帰ってくるまで戦争体験よりもひどい時間を過ごしました。その心境がミハエルに反映されている。ただ、これはイスラエルの同世代男性に共通する問題でもあります。20歳で戦場に行き、人を殺めて帰ってくると、猛烈な罪悪感にさいなまれる。普段は自分の内にある弱さを抑圧し、人に見せない。その代わりにミハエルは飼い犬を乱暴に蹴ってしまうのです」
そんな“静かなトラウマ”に蝕まれ、人は運命の輪から逃れられない。映画にはイスラエル社会の問題も現れる。
「なぜ国内の諸問題を放り出して軍事ばかりを優先するのか。イスラエルはホロコーストにはじまり、生き残りをかけた戦いを繰り返してきた。その記憶が刻まれ、トラウマの輪を脱しようとしても、また同じところに戻ってしまう。脱するためには強力なリーダーが必要です。イツハク・ラビンが暗殺されたのは残念でなりません。子どもたちの世代は、この輪から解放されるべきです。彼らは親やその前の世代が犯した罪の代償を払っているわけですから」