いとう・あさ/1979年、東京都生まれ。美学者。東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター長、同リベラルアーツ研究教育院教授。2020年に池田晶子記念「わたくし、つ
まりNobody賞」、サントリー学芸賞を受賞
いとう・あさ/1979年、東京都生まれ。美学者。東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター長、同リベラルアーツ研究教育院教授。2020年に池田晶子記念「わたくし、つ まりNobody賞」、サントリー学芸賞を受賞
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 AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

『体はゆく できるを科学する<テクノロジー×身体>』は、伊藤亜紗さんの著書。私たちは自分の体を「リアル」なものだと感じている。だがテクノロジーの最先端研究から見えてくるのは、バーチャルとの境界線を「やすやすと侵犯してもれ出す」、奔放な体のありかただ。著者は5人の研究者との対話を通じて、思い通りにならない体とその複雑さ、可能性を見いだしてゆく。理工系と人文社会系のあわいから「できる」を科学する、体の不思議さに触れる本だ。伊藤さんに、同書にかける思いを聞いた。

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『目の見えない人は世界をどう見ているのか』『どもる体』『手の倫理』など、障害がある人や病気や事故で身体の一部を失った人の世界を取り上げてきた伊藤亜紗さん(43)。

 これまでの著作では「できないこと」の豊かさを読者に伝えてきたが、本書のテーマは「できること」だ。「何かができるようになる」ときに、意識から逃れた体に何が起こっているのか。テクノロジーと体の出会いかたが、5人の研究者の最新研究とともに語られている。

「テクノロジーと人間の体の関係といえば、古典と言ってよいテーマです。今回はこれまでとは違った視点、ひとつひとつの体の経験という、ミクロの視点から論じてみました。変な言いかたですが、“体の身になって”考えてみたいと思ったんです」

 伊藤さんが本書で対話するのは、この数年、研究会などで対話を重ねてきた5人の研究者だ。

 旧知の研究者について、伊藤さんは彼らの人となりについても書いている。その人の身体観は自身の経験や嗜好、個人的な背景と密接な関係があるからだ。

 たとえばピアニストの演奏技術を助ける方法を研究している古屋晋一さんは、ピアニストを目指して本格的な練習をしていた。その時の経験から、感覚トレーニングのツールとしてグローブ型の装置「エクソスケルトン」をつくった。この装置をつけることで、意識より先に体に「演奏できる」ことを経験させるのだ。

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