■浜矩子/eyes
<br />浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演
■浜矩子/eyes
浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演
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どこが「自由貿易」?(※写真はイメージ)
どこが「自由貿易」?(※写真はイメージ)

 経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。

*  *  *

 日本と欧州連合(EU)が経済連携協定(EPA)に署名した。トランプ米大統領が、貿易相手国に対して手当たり次第に通商戦争を仕掛ける中、この日欧協定を自由貿易の旗手扱いする報道が多い。当事者たちは、むろん、そのイメージを精いっぱい盛り上げようとしている。

 だが、端的に言ってこれは笑止千万だ。日本の安倍政権とEU幹部たちがやっていることは、結局のところ、形を変えた報復合戦だ。米国が強硬策に出るなら、日欧は結託することで勢力を強める。さながら戦国大名たちの合従連衡のごとしだ。

 1930年代において、米国は自国市場の周りに事実上輸入禁止的な高関税障壁を張り巡らせた。一方で欧州には、イギリスのポンド・ブロックやフランスの金ブロック、そしてドイツのナチス経済圏が生まれた。アジア地域では日本が円ブロックすなわち大東亜共栄圏づくりを目指した。

 そして今、米国は、自国市場は自分のものだというので、高関税政策を発動しまくっている。他の国々は、米国抜きの地域限定・相手特定通商圏づくりをもって対抗しようとしている。一体、どこが30年代と違うというのか。本当に自由貿易の旗手たらんとするなら、やるべきことは一つしかない。世界貿易機関(WTO)の復権に向けて、全力を傾けることである。この行動に、限りなく多くの国々を巻き込んでいく。この一点に注力することだ。

 WTOの通商理念は「自由・無差別・互恵」である。相手を特定せず、地域を限定せず、分け隔てなく、国々が全方位的に市場を開放し合う。そのことによって、お互いに恩恵を施し合う。この通商理念とその実現への決意を共有することで、恒久平和の経済基盤づくりを揺るぎなきものとする。この基本合意が、今日のWTOの立脚点となっている。そのことを、今こそ、みんなで思い起こそう。そう高らかに宣言し、呼びかけてこそ、真の自由貿易の旗手である。

 ここで米国がWTO主義に戻ろうと言い出せば、実に面白い。その可能性はまずないが、入れ知恵に弱そうなトランプ氏のことだ。何とかなるかもしれない。持続性には問題があるが。

AERA 2018年7月30日号