「若さという武器を、いい意味で使ってもらいたい」と、私の取材時に歌丸さんは語っていた。

「自分の芸を考えなくてはいけません。それは私たち芸人ばかりではなく、人間全般に言えることではないでしょうか。二ツ目さんたちの一番の強みは、若さという武器があることですよね。彼らの元気さは、そりゃあうらやましいですよ。こちらはもう出そうと思ったって出ないんですから(笑)。ただしその若さで、暴走はしてもらいたくない。自分がやっていることは冒険なのか、落語を壊していないか、表現も含めて考えることは必要です」

 自身の苦労があったからだろう。若手のことを深く考える師匠だった。

「協会は若手が活躍できるようにするのが役目」とあちこちで発言し、努力している若手に目配りしていたことを、深く感謝する若手は多い。

 近年は戦争を経験した世代として、近年は平和の大切さを訴える姿も印象に残る。

 ささやかなエピソードをひとつ。

 落語に関する拙著の企画で、歌丸さんのスタッフの一人に相談をしたことがあった。企画への意見をうかがっていたのだが、ふと「落語界のために、歌丸を使ってください」と、言われた。

 多忙で、体調が万全ではないだろうに、歌丸さんの考えだったのだろう。「落語界のために」という言葉が、帰り道も胸のあたりに残っていた。

 結局、企画のための取材をお願いする時期を考えているうちに、歌丸さんの訃報を聞くことになった。

 昭和の寄席を生き、芸人としての姿勢を伝えた落語界の大きな存在が、また一つ消えてしまった。(ライター・矢内裕子)

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