完璧に上手く流れに乗った瞬間です。こういう状況が設定されてしまえば、変な欲望や野心、野望など持つ必要はありません。むしろ何も求めないことが重要です。運命という乗り物が完璧に流れに乗った瞬間です。ほっとけばいいんです。あれこれ妙な小細工などしない方がいいです。いつの間にか運命の僕(しもべ)が、運命の主導権を握ってしまったのです。もう何も言うこともすることもないです。大船に乗った気分で、全てをこの流れに乗った船にまかせておけばいいのです。このような生き方を僕は肯定してきました。無理にあれこれ計画を立てたり、戦略など意図したりせず、運命に逆らわない生き方です。それでも、もっともっと大きい野望を持ちたい人は、現在の状況に満足しないで、できたら天下を取りたいと思うかも知れません。取れそうな気になってくるんです。だけど、ここは非常に危険です。底抜けの欲望に振り回されて、せっかくいい感じで来ていたのに、ここで余計な欲望を持ったために、この人は運命路線からはずれて、気がつけば取りかえしのつかない窮地に立たされてしまった、ということなどよくあることだと思います。頂点に昇りつめたにもかかわらず、さらにその上の頂点を目指したために、歯車が狂って、どん底に失墜なんてよく新聞のニュースになる人のことです。

 常に成功の背後にはこのような落とし穴が大きい口を開けて待っているというじゃないですか。人間は常にこういう問題に試されているような気がします。だから、ほどほどに生きるのが一番幸せなのかも知れません。だから僕の考えは多少運命論的なところがあるかも知れないけれど、なるべく受け身的な生き方に憧れます。だから、意欲も好奇心もほどほどです。意欲に振り回されると下手すると運命路線からはずれて、変なところに迷い込んでしまいます。

 放っとけば「なるようになる」という自然体があっちこっちをいじくり回して、「なるようにさせた」ために、運命路線から逸脱してしまった結果です。僕はメンドークサガリ屋だから、自分で何か大きい計画を立てるというのがニガ手です。だけど相手が立ててくれる分には、メンドークサクないです。自分では思わぬ計画は立てられないが、相手が立ててくれれば、自分では考えられないことを相手が自分に代わってやってくれます。これでいいんです。

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰

週刊朝日  2023年3月3日号

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